これはきっと罪の証
「天城くん、タイムリープって知ってる?」
「あー、と……」
確認のための質問。それ以上もそれ以下もない質問に、天城くんは頭に手を当てて、少しの間考え込んでから、ポンと手を叩く。
「思い出した。あれだ。なんか過去に戻って〜的なやつだよな」
「正確には違うけど、大体合ってるからいいかな」
私の失敗程度でどうにかなってくれるなら、
「……ひょっとして、道明寺はそのタイムリープってやつをしてるのか?」
「そういうこと」
話の流れからして概ね察してくれたらしい。おそるおそるといった様子で投げかけられた質問を、私は躊躇いなく肯定する。
天城くんはそれを聞くと、腕を組み、眉間に皺を寄せ、目を瞑って、うーんと唸る。
当然の反応であり、困惑だ。いきなり『私はタイムリープしています』なんてカミングアウトされても、普通の人間はまず信じない。それこそ親しい仲であっても、冗談だと思う。私だって、これだけの数のタイムリープを経験していて、未だに自分がタイムリープしているという確信を得られていない。
繰り返した記憶は残っている。
終わる前のあの感覚も覚えている。
けれど、それがもしもただの白昼夢だとしたら。そう考えた日は何度もある。その度に私はそれを意味のない問いだと斬り捨ててきた。
故に今の私ならともかく、タイムリープする前の私だったら、
でも、それは私の話であって、天城くんの話ではない。
だから、仮に天城くんに熱で頭がおかしくなってると思われてもしょうがない――
「――わかった」
目を開いた天城くんは、なんの迷いもなく、ただ一言そう言った。
「……え? わ、わかった? そ、それだけ?」
欲しかった言葉。けれど、想定していなかった言葉にこちらが呆気に取られてしまう。
だって、今の『わかった』は適当に合わせただけでも、私を疑ったものでもない。本当に私の言葉を信じている。想いが乗った言葉だった。
「もっと、こう疑ったりしないの? 私が揶揄ってるとか風邪引いておかしくなってるとか。もしくは電波的なものを受信して変になったとか」
違う。そんな事を聞いても意味なんてない。
天城くんが理解を示してくれた以上、さっさと話を続ければいいのに。あまりにもあっさり天城くんが受け入れたので、思わず私の方から余計なことを聞いてしまう。
ああ、もう。こんな大事な時に私は……っ!
「考えたよ。でも、道明寺が本気で、大真面目にそう言ってることぐらい俺にもわかる。だったら、あり得るとかあり得ないとか、疑うのは二の次だろ。騙されてるんだとしても、笑い話で済むことだしな」
私の不安をよそに天城くんは淀みなく、当然のようにそう言ってのけた。
そうだ。こういう人だ。例え、どんなありきたりな話でも、突拍子のない話だとしても、本気の気持ちには本気で向き合ってくれる。
それが天城総悟という人間だ。
そんな事、とっくにわかっていたはずなのに。
また私は、私のためにくだらない予防線を張ろうとしていた。
「つーか、いつもの道明寺見てたら、
「それは言い過ぎ。私は天城くんが思ってるほど、優れた人間じゃないよ。今の私なんてタイムリープを繰り返せば誰だってなれるし、そのタイムリープも多分元々持ってた力じゃない。天城くんがいたから偶然手にしただけの力だよ。全然嬉しくないけどね」
「俺がいたから?」
「これはあくまでも私の立てた仮説だけど、
天城くんを失った私は、ロボットか、あるいは生気のない表情のせいで
ただ動くだけ。言葉は発しても、そこに心はない。反射で発されただけの無機質な音。思考らしい思考をすることなく、ただ天城くんとの思い出に浸っていた。
私を心配する人はいた。
熱量に差はあれど、誰もが本気で私のことを心配してくれていた。
その優しさから、私は目を背けた。壊れかけのラジオのように『大丈夫』と答えていた。もっとも、今にも死にそうな顔の人間がそう答えたところで無理をしているのは見え見えで、余計に心配をかけてしまうだけだった。
わかっていたけれど、そうしないと壊れてしまいそうだった。いや、実際は壊れていた。ただ生きているだけで人間としては終わっていた。
それぐらい、私の中で天城総悟という存在は大きかった。
「誰かって……神様とか?」
「超能力に一般的っていうのもおかしな話だけど、そうなんじゃないかな。この力を手に入れる時、頭の中に知らない声? が聞こえてきたから」
「おぉ……そう聞くと一気に非現実味が増してきたな。なんて言われたんだ?」
「『どうしたい?』って聞かれた」
「『どうしたい』って……なんか神様にしてはフワッとした聞き方だな。てっきり『願いを言え』とか『欲しいものはなんだ』みたいなストレートな感じで聞いてくるのかと思ってた」
「天城くんの言う通り、ストレートに聞いてくれたら、もっと簡単に天城くんを助けられたのかもしれないのに」
本当に。なんであんな抽象的な質問だったのだろう。もっとシンプルに『天城総悟を生き返らせたいか』とか『天城総悟の死を無かったことにしてやろうか』とか聞いてくれていれば、ここまで私が頑張る必要も、天城くんが何度も死ぬ必要もなかったのに。
「ちなみに道明寺はなんて答えたんだ」
「『天城くんを助けたい』。私はそう答えた。そうしたら、急に意識が朦朧としてきて、そのまま倒れたんだ。それで次に目を覚ました時、私は自分のベッドの中にいたんだ。これが最初のタイムリープだね」
「そんな急に始まったのか。心の準備とかしてる暇もないな」
「当時の私もびっくりしたよ。色々確認して裏付けるが取れるまで、時間が戻ってるって気づかなかった」
状況が状況だけに、最初は夢でも見ていたんだと思った。
天城総悟の死を受け入れられない私の心を守るために見せた夢だと。
けれど、実際はそうではなかった。
天城くんの死後、全ての事象に無頓着になった私の部屋は荒れ放題だった。本だけはキッチリしまっていたけれど、それ以外は机の上や故に床の上に適当に置いていて、ゴミ屋敷ではないにしても、酷い有様だった。
その部屋が目を覚ました時には片付いていた――否、明らかに部屋の中にある物の配置が変わり、あるべきはずの物が無くなり、既にないはずの物があった。
いくら頓着しなくなったとはいえ、違和感を覚えないわけじゃない。特に下ろしたての制服を見た時はなにかがおかしいことに気づいた。
そこからは、これまでが嘘のような忙しなさだった。まずカレンダーの確認。次に新聞やニュースによる時事の確認。そして家族へ私が最近どうだったかの確認。
結果、そのどれもが私の知るものとは違っていて、おそるおそる確認した自分のスマートフォンの連絡先に天城くんや天城くんを通じて知り合った人たちの連絡先が存在しなかった。全て二年前の状態――つまり入学以前の状態になっていた。
ただ一つを除いて。
「この目の色。普通じゃないと思わない?」
「ん? ああ、綺麗だよな。その目」
完全に不意打ち。ただでさえ熱い顔が一層熱くなる。風邪を引いていなかったら、紅潮した顔で照れているのがバレるところだった。
本当に、こういうところがあるから、天城くんの相手は気が抜けない。この空気じゃなかったら、耐えられなかった。さっきの告白の件もあったから、絶対口元が緩みまくってる。
「……その言葉は嬉しいけど、そうじゃなくて。ハーフでもアルビノでもないし、カラーコンタクトを入れてるわけでもないのに『赤い』っておかしいでしょ」
「言われてみれば……あんまり気にしたことなかったけど、目が赤いって日本人っぽくはないよな」
「副作用や後遺症とは違うかもしれないけど、最初にタイムリープしてから、私の目の色はずっとこの色なんだ」
だからどのタイムリープでも最初に困るのは目の色が変わったことの説明だった。
親からしてみれば、昨日まで黒目だった娘の目が真っ赤になっているのだから、とても心配された。
最初は私自身も心配はしていたものの、結論から言えば原因不明で、視力への影響もなし。本当に色が変わっているだけだった。
その後も入学前に学校側に説明する必要があったり、割と手間がかかる。
天城くんが関わらない面倒事は可能な限り、避けているがこれだけは何度タイムリープしても避けられない上にタイムリープ直後の私の調子は最悪の一言に尽きるので、地獄のような時間だ。
「二回目からはなにか変わったこととかはなかったのか? 突然虚弱体質になったとか」
不安そうな顔で天城くんは問うてくる。
一回目から目の色が変わったんだから、天城くんが二回目からはより大きな変化――ともすれば代償を私が支払っていると考えるのはごく自然なことだ。
「幸か不幸か、目の色以外で変わったことはなかったよ」
今のところ、私が確認できている範囲で出ている変化は目の色だけ。
強いて言えば、タイムリープのたびに悪夢が増えていることぐらいだけれど、そんなことを天城くんに言っても、罪悪感を抱かせてしまうだけ。その悪夢だって、そもそも私がうまくやれていれば、一つで済んだ。だから、その責任があるとすれば私自身だ。
「そりゃ良かった。もし俺を助けるために寿命を削ってるとか言い出したら、絶対やめさせてた」
「だよね。そういうと思ってた」
もしも、私がなにかを代償に天城くんを助けようとしているのなら、天城くんはそれを絶対に許さない。……いや、今だって天城くんはやめさせようと考えている。
自分を救うまで苦しみ続ける道明寺縁を、天城くんは看過できないのだ。
「でも、ごめんね。もしも、この力のせいで命を削ることになったとしても、私はこの力を使うよ。だって、私は天城くんに生きていてほしいから」
「それは俺だって同じだよ、道明寺。俺はお前に長生きしてほしいし、幸せになってほしいって思ってる」
「……難しいね」
私の幸せは天城くんが幸せに生きてくれること。こんなトラブルによる終わりではなく、天寿を全うしてもらうこと。あわよくば、許されるなら、天城くんと人生を共に歩んでいきたいと思うけれど。
「だから、その為にこれからどうするかって話なんだろ……これまで隠してきたことを言うくらいだしな」
「そうだね。だから、これも天城くんに話さないといけない」
天城総悟の未来が手に入るのなら、私に私の未来は必要ない。
けれど、他でもない。私が天城くんとの未来を望むように、天城くんが私との未来を望んでくれている。
こんなに嬉しいことはない。幸福なことはない。かつての私が狂おしい程に願った関係が、日常が、光景が手に入るのだから。
もう、一人でどうにかしようとするのは無しだ。こんな宝物が手に入ったのだから、なにがなんでも今回でこの地獄を終わらせる。
その為には、まず私が見てきた惨状を天城くんに伝える必要がある。
本人にとっては辛い話になるかもしれないけれど、一緒にこの苦難を乗り越える為には避けては通れない話だから。
「少し長くなるし、はっきり言って天城くんにとって気持ちの良い話じゃない」
「……だとしても、聞かなきゃいけない。これからのために」
「うん。だから聞いて」
――私が見てきた、天城くんのこと。
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