三人よれば文殊の知恵?

『なるほどなるほど。一旦状況はわかった。とりあえず、次会った時ぶん殴っていいか?』


『さすがに暴力はマズいんじゃない? 気持ちはわかるけどさ』


『急に『相談したいことがある』なんて意味深なメッセージ飛ばしてきたと思ったら、惚気話を聞かされたんだぞ。バイト終わって帰ってきたばっかりだってのに、余計疲れたわ』


『天城がわざわざ『相談』なんていうくらいだから、僕の方はある程度予想してたけど……まぁ、心配してた気持ちを返せとは言いたくなるかも』


 今に至るまでの、今日起こった一連の出来事についてグループ通話で説明すること十分程度。桐生と常盤の反応は電話越しにもわかるほど冷めていた。いや、熱量があるにはあるが、それはただの怒りだった。


 とはいえ、俺は二人の怒りや呆れに対して申し訳なく思うことはあれ、理不尽だとは思わない。寧ろ、当然だと思った。


 自分から話しておいてなんだが、今日あった出来事と今現在の俺の状況。うちの学校の男連中からすれば、自慢話にしか聞こえない。混乱しているのは当事者の俺だけだ。


「いや……その、確かに誤解を生むようなメッセージを送ったのは謝る。ごめん。でも、わけわからないのは俺も同じなんだよ」


『当事者のお前がわかってない時点で、俺らにもわかるわけないでしょうよ』


「だよなぁ」


 そりゃそうだ。当事者にわからないことを当事者でない人間がわかることなんて早々ない。まぁ、今はその状況なわけだが。


 ことの発端は数時間前。


 道明寺は『十日間、家に泊めてくれ』なんて、突拍子もないことを言い出した。


 もちろん、断った。同性の友だちならまだしも、異性の友だちを家に泊めるなんてのは、よほどの理由がない限り、頷けるわけがない。相手が道明寺なら尚更だ。


 最初のうちはいつもの冗談だと思っていた。俺がその言葉を真に受けて、テンパる様を見るつもりなんだと。


 しかし、俺の予想とは裏腹に道明寺は本気で俺の家に泊まるつもりだった。


 そこまでして俺の家に泊まろうとする理由がまずわからない。


 そもそも道明寺は体調が悪いから病院に来ていたわけで、そこで俺と会って、足元がふらつくくらいに体調が悪いから手を繋いで家まで送るという話だったのだ。そんな状態の道明寺を家に泊めるわけにはいかない。


 普通に家に帰って安静にしてほしい俺と、なにがなんでも俺の家に泊まろうとする道明寺。


 押し問答は道明寺の家に到着するまで続いた。


 家に着いた時にはこれで諦めるかと思ったのだが『ひとまず中で温かいお茶でも飲みながら、お互いの妥協点を決めようよ』と言われ、あれよあれよと道明寺の家に上がることになった。


 そして様々な議論の結果――ことになった。


 ……いや、途中までは議論していたはずなんだ。お互いに納得できる形に話を落とし込もうとしていたし、長引かせると道明寺に悪いと思い、話を早めに終わらせる努力をした。


 『さすがに十日は言い過ぎだったかも』、『私が体調悪いのは事実だし、それだと迷惑をかけるかもしれないしね』、『今の状態だと親の許可を取るのが厳しいよね』、『逆ならありかも』、『いっそ天城くんが泊まってくれれば丸く収まると思う』、と言った具合に気がついたら押し切られていた。


 よく考えてみれば、かなり強引に話の論点をすり替えられていたことに気づいたが、時既に遅し。俺は道明寺の家に泊まることになった。いや、正しくはなる可能性が高い。


 というのも、道明寺(と一応俺)が勝手に決めたことなので、お互いに両親には相談する必要があるということで、道明寺は今、道明寺のお母さんを説得している。お父さんの方は二週間ほど会社の研修で家にいないらしいので、有りか無しかは道明寺のお母さんの判断に委ねられている。


 ちなみに俺の両親は快諾。道明寺のことは既に知っていて面識もあるので、自分の息子に春が来たと喜んだ挙句、何日か泊まれるだけの荷物を俺に渡して帰っていった。それでいいのか、それで。


 両親はアテにならなかったし、ひとまず判断待ちということで、俺は道明寺に通された和室の客間で、桐生と常盤へグループ通話を行って、助力を求めるに至ったわけだ。なんだかんだ言っても、この二人は同性の友だちの中で付き合いが長く、かなり信頼できるし、頭もキレる。なにか妙案が出るのではと期待していたが……。


『とりあえず喜んでおけばいいんじゃない? 他にも友だちがいるならともかく、時点で、実質告白みたいなもんじゃん』


『天城があんまりヘタレてるから、痺れ切らして既成事実パワープレイに出たんじゃねえの』


『可能性はあるかもね。四月からは三年生だし、みんな忙しくなって今より自由じゃなくなるって考えると、このタイミングでの告白は妥当な判断かもね』


「まさか。道明寺に限って……」


 と、否定しかけたものの、これまでのことを考えると、普通にそんなことありそうだなと思った。


『っていうか、道明寺さんの目的って、最初から天城を家に泊めることが目的だったんじゃない? ドア・イン・ザ・フェイス的な感じで』


 最初に無理難題を要求してってやつだったか。言われてみれば、家に着くまでは一歩も譲らない意思を見せていた割に道明寺はあっさりと引いた。


 これと決めたら梃子でも動かない道明寺にしては随分と聞き分けが良いと思ったが……なるほど。最初から俺の家に泊まるのではなく、俺を家に泊めるのが目的だったのなら、あの態度も説明がつく。


 全然あり得るな。っていうか、多分それだ。


『もういい加減告れよ。ひょっとしたら、告白OKからの卒業まであるかもしれねえぞ』


「なに言ってんだよ。道明寺は調子悪いんだから手なんか出すわけないだろ」


 百歩譲って、二人の言葉を信じて、道明寺に告って、OKをもらえていい感じの雰囲気になっても、風邪をひいている相手に手を出すわけがない。


 ……まぁ、もしも、道明寺がめちゃくちゃ元気な時に告白が成功した上で、今日みたいに家に誘われてたら否定する自信はなかったけども。


『んー。なんか腑に落ちないよね』


 そう悩ましげに言ったのは常盤だった。


「腑に落ちないって、なにが?」


『天城はよくわかってると思うけど、道明寺さんって、結構積極的じゃない? ヘタレの天城はともかく、ここまでしてるのに自分からは告白しないんだよね。どっちの家に泊まるかなんて、それこそ恋人同士になったら今よりは簡単にできると思うんだけど』


『確かにな。今更うちの学校で天城と道明寺が付き合うことに文句言うやつなんていないのにな。それこそお前らの答えだって見えてるんだ。あと一言だろ』


「やっぱり好きじゃないんじゃないか? 今日のもなにか理由があって、そうせざるを得なかっただけで」


 そう言うと、『なに言ってんだこいつ』みたいな大きなため息が聞こえた。


『あのな。『彼氏でもない男の家に泊まるか、さもなきゃ彼氏でもない男を家に泊めるか』しなきゃいけないって、一体どんな理由よ、それ』


「さぁ……」


 なにか理由があるかも。とは言ったものの、恋人でもない男を家に止める理由なんて俺にも思いつかない。


『難しく考えなくても、もっと身近にあるんじゃない? 例えば、天城を狙ってる女子が他にいるとか、道明寺さんとバイト先の女子以外で天城と仲が良い女子がいるとか。その辺り、心当たりない?」


「いや、ないな」


『即答だな。なんか根拠でもあるのか?』


「先月のバレンタインで個人的にチョコくれたのは道明寺だけだった」


 バイト先でチョコ自体はもらったものの、近衛さんやパートのおばちゃんが持ってきたみんなに配る用のやつと、来栖が持ってきたロシアンルーレットチョコのみ。これで俺に気があると思うのは無理があるだろう。


『じゃあ、もう一個の方は』


 それこそ絶対にない。


「俺が今一番気にしてるのは道明寺だ。道明寺以上に気になる相手なんていない」


『はぁ……なんで、その台詞が俺たちに言えて、本人には言えないのかねぇ。それで全部丸く収まるってのに』


「うっ……わかってるよ。ヘタレで悪かったな」


『とにかく、道明寺さんが切羽詰まって、実力行使しないといけなくなった理由がカギだと僕は思うよ。まずは――」


 そこまで言って、こんこん、とドアをノックする音がした後、「入っていい?」とドアの向こうから道明寺の声が聞こえてくる。


 どうやらタイムリミットらしい。


「……悪い。道明寺が来たから切るぞ」


『ちょっと待った。このまま通話を繋げたままで置いておいて。なにかヒントが掴めるかもしれないし』


「……後でネタにしようっていうのじゃないよな?」


『さすがに時と場合は考えるっての。信用しろ』


「わかった……入ってきていいぞ、道明寺」


 ドアの向こうにいる道明寺に答えつつ、スマホを通話が繋げたまま、ポケットの中に入れる。


 ドアが開くと、道明寺……と、眼鏡をかけた女性が部屋に入ってきた。女性の方はどことなくこの間バイト先に来た時の道明寺に雰囲気が似ている。


「さっき、誰かと電話してた? 話し声が聞こえたけど」


「桐生と常盤。テンパって相談したら、惚気話と勘違いされて、余計に話がややこしくなった。そのタイミングで道明寺が来たからそれに託けて切ったよ」


 下手な嘘をつくと疑われるので、バレない程度に嘘を交えつつ、本当のことを伝える。


「大丈夫? 次に学校で会った時に殴るとか言われてるんじゃない? 桐生くんあたりに」


 なんでわかるんだよ。さっき来たばっかりだよな? 実はドアの前で聞き耳立ててたとかじゃないよな。


 いつものことながら、道明寺の鋭さには驚かされる。


 と、その時。道明寺の後が部屋に入ってきた女性が道明寺の服の袖をくいっと引っ張る。


「仲良しなのは今ので大体わかったけど、そろそろお母さんに彼のことを紹介してほしいわ、縁」


「それはさっき話したでしょ。天城総悟くん。クラスメイトで超がつくほど仲の良い友だちで、お互いに秘密を共有している仲だって、ね?」


 そう言って、道明寺はウインクをして、同意を求めてくる。嘘は言っていないので、俺は頷く。


「それはそうね。けれど、あなたの話以外で彼のことをお母さんは知らないわ」


「だ、そうです。天城くん。自己紹介をお願いします」


「お、おう。えーと、天城総悟、です。道明寺……じゃなくて、縁さんの友だち、やらせてもらってまして……本人が言っている通り、仲良くさせていただいてます」


 急に話を向けられ、しどろもどろになりながら答える。そんな失態を晒す俺を見て、くすくすと笑う道明寺。誰のせいだと思ってんだ。


「ご丁寧にどうも。縁の母の雫です」


 頭を下げる道明寺のお母さんにつられて、俺も頭を下げる。


「あなたのことは縁から聞いています。とても優しくて、いい人だと」


 面と向かってそう言われるとなんだかむず痒い。俺自身にそのつもりもないし。


「今回の話も概ね聞いているわ。二、三日、うちに泊まりたいとのことだけど……」


「やましいことをするつもりはないので、安心してください……って言っても、無理があるのは百も承知です。なので、帰れと言われれば全然帰ります」


 なんなら、帰れって言ってくれた方が俺はありがたい。なにを考えているかわからない道明寺、妙な期待をしてるうちの親、電話越しに盗み聞きしてる二人は残念がるだろうが、俺にとってはその方が色々と都合がいい。


 道明寺のお母さんは、俺の言葉に対して、特になにか言うでもなく、顎に人差し指を当てて、俺の周りをぐるぐる回りながら、じーっと見つめる。


 疑われるのはこの際仕方ないとして、こんなにガン見されたら、息が詰まりそうだ。


 などと思っていると、不意に道明寺のお母さんは『うん』となにかを理解したように呟いた。


「いいわ。ここに泊まっていきなさい」


 二つ返事で了承された。


「は、え、あ、あの、なんでですか?」


 俺の両親と違って、道明寺のお母さんは俺が急に泊まることに対して、否定的だと思っていた。


 家主である道明寺のお父さんが出張でいないということは、今は道明寺とお母さんの二人しかいないということ。


 間違いが起きてしまう可能性を踏まえると、いくら仲が良いとはいえ、思春期の男子が泊まることを二つ返事で了承してくるとは思わなかった。


「縁が言っていたように優しくていい子なのがわかったからよ」


「わかったからって……俺、別になにもしてませんよね」


「良い人か、悪い人かなんて見れば大体わかるもの。仮に悪い人だったとしても、あなたぐらいならなんとかできるわ」


「なんとか、ですか」


「ええ。見たところ、あなた格闘技未経験者でしょう? 喧嘩慣れもしていない。銃を持ち出されたら打つ手はないけれど、それ以外ならなんとかできるわ」


 腕を曲げて力こぶを作り、自信満々の表情でそう言ってのける道明寺のお母さん。


 俺を安心させるための冗談? それとも、本気で言ってるのか?


 真偽を確かめるべく、道明寺の方に視線を向けると、道明寺は首を横に振る。


「冗談とかじゃないよ。お母さん。空手とか柔道の有段者だから。下手に手を出したら、痛い目を見るじゃすまないと思うよ」


 『気づいたら病院のベッドの上でした』ってか。確かに痛い目を見るぐらいじゃすまなさそうだ。


「それにもし私じゃなくて、お母さんの方に手を出したら、私が許さないからね♪」


「し、しねぇよ……」


 そう笑顔で言ってのける道明寺の目は怪しい光を放っていた。これはあれだ。声のトーンも明るいから冗談にも聞こえるがマジで言ってる。


 俺にそのつもりは全くないが、仮に手を出そうものなら地の果てまで追いかけてきそう。ほとんどホラーの領域だ。


「まぁ、そもそもの話にはなるのだけれど、私たちの寝室にも、縁の部屋にも鍵がついているわ。だから、天城くんが謎のピッキングスキルを発揮しない限り、私たちの寝込みを襲うのはまず無理でしょう。仮に開けられたとしても気づける自信はあるわ」


 なるほど。今の言葉で合点はいった。


 道明寺のお母さんは、娘の話を信用しているし、実際に俺を見て、話通りの人間だとわかったから、ある程度信用してくれている。


 その上でセキュリティに問題はないし、俺が突破できたとしても、正面からねじ伏せることができる自信があるから、俺を泊めることを了承したってことか。


 もっとも、ちゃんとした理由があっても、俺としては了承されると困るんだが。


「これで納得してもらえたかしら?」


「まぁ……はい」


「良かったわ。これでお話はお終い。時間も時間だから、ご飯にしましょうか」


 既に道明寺に言いくるめられた俺、そんな俺を応援する両親。道明寺の企み、或いは陰謀を阻止できるのは道明寺のお母さんしかいなかった(今盗み聞きしている二人は除く)。その道明寺のお母さんが『いい』と言っている以上、ゴネても意味ないどころか、道明寺が拗ねる。ここは大人しく受け入れよう。


 となると、飯時まで盗聴させるのは流石に道明寺や道明寺のお母さんだけでなく、電話口でずっと待機している二人にも悪い。


 俺は道明寺にバレないように二人へメッセージで一言断りを入れ、『わかったことがあつたら教えてくれ』というメッセージも添付して通話を切った。

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