カウントダウン

 

「……で、これをするとなにが大丈夫なんだ?」


 恋人繋ぎをしてから数分。なんとか、存在を主張するかのように刻まれていた心臓の鼓動がある程度落ち着いてきた。


 そこで道明寺に言葉の真意を問う。まさか手を繋いでいないと俺が迷子になったり、逃げ出そうとすると考えてるわけじゃないだろうに。


「色々」


「その『色々』について聞きたいんだよなぁ……」


 言わないってことは、教えるつもりはないってことだよな。


「聞きたいなら、あるでしょ。その方法」


「……そうだな。あったな」


 春休みに入る前の、あの日のことを思い出す。


 『秘密を知りたければ、自分の秘密を教える』。


 単純明快。だが、簡単じゃない。


 秘密を教えるにしても、道明寺が知り得ない秘密じゃないといけない。


 俺を含めて、多くの人間の秘密を知る道明寺を相手にその条件をクリアするのは難しく、あの日以降、トークアプリで同じようなやり取りをする機会は何度かあったが、悉く空振りに終わっている。


「制限時間は?」


「私の家に着くまで」


「その間、ずっとこの状態なのか?」


「天城くんが嫌じゃないなら」


 またズルい言い方だ。俺が嫌だって言わないとわかっていて、そう言っている。


「どうする?」


 熱のせいか、はたまた今の行動の影響か、さっきよりも赤くなった顔を上げて道明寺は問うてくる。


 正直やるだけ無駄なんだが……特にこれと言って話題があるわけでもない。かといって、道明寺と手を繋いでいるこの状態じゃ、いつも通りに話すっていうのもキツい。っていうか無理。握っている手の柔らかさとか、手を繋ごうとしてきた道明寺の気持ちとかが気になって、変な空気になる未来しか見えん。既に変な空気だけど。


 となれば、答えは一つだ。


「やる」


「いいね。じゃあ、スタート」


 その言葉を皮切りに、俺達は手を握ったまま、目的地道明寺の家に向けて歩き始める。


 さて、やるとは言ったものの、なにから話すべきか。状況的にはあの日と同じで手札がないんだよな。


 まぁ、いいか。あの日と違って、今回は良くも悪くも時間制限がある。手当たり次第に言って、当たれば御の字という方向性でいこう。無言の時間が出来るよりはマシだ。


「閉所恐怖症なんだ。昔かくれんぼした時にロッカーに隠れたんだが、立て付けが悪くて見つけてもらうまで出れなくなったせいでトラウマになった」


「知ってる。本気で泣きすぎて、先生から虐められてるのかと勘違いされたんだよね」


 やっぱり知ってたか。まぁ、これは桐生や常盤とか仲の良いメンツは知ってることだしな。誰かから聞いててもおかしくはない。


「ってことは今回も四等あたりか?」


「うん。だから、私も天城くんと同じような話をしようかな。私は狭いところが結構好きだから、中学の頃はストレスが溜まったら、ベッドの下とかクローゼットとか取り敢えず狭いところに入ってリラックスしてた」


 なかなか癖のあるストレス解消法だな……少なくとも俺にはできない。それに道明寺がベッドの下やクローゼットの中で癒されている構図はなかなかシュールだ。その場にいたら爆笑するかもしれん。


「私のお話は終わり。天城くんの番だよ」


「そうだなぁ。俺の小さい頃の夢の話とかは?」


「ふふっ。保育所の頃の話だったよね? 確か――」


「わかった、わかった! 知ってるなら言わんでいい!」


「恥ずかしいなら言わなかったらいいのに」


 ごもっともで。


「ああ、ちなみに私の夢は司書だったよ。中学までの、だけどね」


 司書か。さっきと違って、道明寺らしいといえば道明寺らしい夢だ。イメージもしやすい。お似合いの職業だろう。


「次だ次。えーと」


 思いつく限りのことを、さっきのように墓穴を掘らないように、内容に気をつけながら話してみる。


 しかしながら、俺にとってリスクがない、話しても問題ない秘密やエピソードなんてものは、大体誰かに話している。


 当たり障りのない話をすれば、当たり障りのない答えが返ってくる。


 そんな意味のあるような無いようなやり取りをしながら歩くこと数分。


 今まで会話に意識を向けることでなんとか無視してきたが、そろそろ通りすがりの人たちから向けられる視線に耐えられなくなってきた。


 ちょうど信号にかかって足が止まったので、手を離そうと力を緩めた瞬間、道明寺の俺の手を握る力が強くなった。


 急に手を強く握られた事もあって、思わずびくりと体を震わせ、道明寺の方へ顔を向ける。


「……離したくなったら、離してもいいんじゃなかったのか?」

 

「嫌になったら、だよ。キミは嫌って言ってない」


 恥ずかしい。妬みや僻みの入った視線は慣れている。ただ、微笑ましいものを見るような視線が結構キツい。


 でも、嫌じゃない。嫌じゃないから、俺はこの手を振り解けない。


「あと三分くらいだから、それまで我慢してよ、ね?」


「……」


「ちょっと足元もふらついてきたし、この調子で手を貸してくれると、ありがたいんだけどなぁ」


 俺がどうしようか悩んでいるのをわかって、道明寺はそれらしい理由を口にする。繋いでいられる理由を。


「だったら、おんぶした方がいいんじゃないか?」


 それなら、と変わりの手段を提案する。実際、足元がふらつくようなら、おんぶの方が道明寺は楽だろう。


 変な目で見られることはないし、道明寺も無理に歩く必要はなくなる。一石二鳥だ。


「さすがに同じ病人におんぶさせるのは悪いよ。私の方が酷いってだけで、キミも病人なことに変わりはないんだから」


 心配されるほどのものではないが、確かに病人と言われれば病人ではあるか。


 結局、道明寺の手を離せないまま、信号が青に変わる。


 しょうがない。あと数分の我慢だと自分に言い聞かせて歩き出そうとして――


「ちょっと待って」


 ――繋いだ手を道明寺に引っ張られ、よろめいて、後ろに数歩下がる。


 急に引っ張られたもんだから、危うく転けるところだった。


 『急に危ないだろ』と道明寺に文句を言おうとした瞬間、信号を無視した車が横断歩道を猛スピードで通過していった。 


 危なかった。あのまま横断歩道を渡ろうとしていたら間違いなく撥ねられていた。生死はともかく、病院送りだったのは間違いない。


「危なかったね。今の車」

 

「あ、ああ、道明寺が引っ張ってくれなきゃ、絶対撥ねられてた。ありがとう」


「どういたしまして……で終われればいいんだけどね」


 車が走り去った方向を睨みつけながら、道明寺はポツリと呟く。


「?」

 

「ごめん。天城くん。一生のお願いがあるんだけど。聞いてもらえる?」


 友だち同士で冗談めかして言うような『一生のお願い』ではなく、本当にこれっきりだとでも言わんばかりの真剣な面持ちで道明寺は俺に問う。


 なんでも言ってくれ、って言っていい空気じゃないな。


「……内容次第だな」

 

「内容次第かぁ……それじゃあ、拒否されちゃうかもしれないけど、言うね」


 なにを言う気だ、こいつ。


 とんでもない無茶振りをしてくるんじゃないか。そう身構えながら、道明寺の言葉を一言一句聞き逃すまいと意識を集中させる。


「これから十日間。私をキミの家に泊めて」


「……へ?」


 道明寺からのとんでもない提案に、俺は間の抜けた声を上げることしかできなかった。

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