毒りんごで死ねたなら

ひのとあかり

「何階から飛び降りたら失敗しないで死ねるかな」

「首吊ろうとして前失敗したんだし飛び降りが確実だよね」


タイムラインに並んでいたツイートに目が留まる。

病み垢同士で繋がっているアカウントのタイムラインだったので「死にたい」だとか「殺してほしい」なんかの発言は日常レベルで飛び交っているが、さも自然そうな言いぶりには「ああこの人は本気で実行するんだな」という予感があった。

スマホを投げ出し、ベッドに身を預け、目を瞑る。

自分が人生で最初に目にした”死”は、ディズニーの白雪姫だった。

毒りんごを口にした白雪姫は、優雅に、美しく、死にゆく。

死を感じ取るたびに思う。こんな綺麗な死に様があったなら。


自殺に失敗した人は揃って「死なない方がいい」とアドバイスをくれる。では、ちゃんと自殺できた人は?







先輩とは学生カウンセリングで出会った。

私が待合室で人に顔を見られないよう縮こまっていると、お茶を出してくれた。


「医者ガチャって聞いたことない?私も良い先生見つけるまで3回病院変えたんだよ。病んでる中でもこれがガチャかー!って妙にテンション上がっちゃってさぁ」


学生カウンセリングに背中を押してもらったと言う彼女は、講義の合間を縫って、ここを手伝いに来ているという。

「先生だけじゃみんな萎縮しちゃうからね。立ち直ったサンプルがいないと」と先輩は冗談ぽく笑った。

初対面で、私はとても警戒したことを覚えている。先輩は美人で意識が高く、何より明るい。鬱とは真反対にいるような彼女の言葉を信用できなかったのだと思う。

話すうちに共通点を見つけ、似たような理由でカウンセリングを受けにきた私は、数度も話さないうちに、カウンセラーよりも先輩を頼るようになった。


構内で見かける彼女はいつも人に囲まれていたが、私と目が合うと手を振ってくれるのがとても嬉しかった。


先輩の通ったメンタルクリニックにも行ったが詳しいことは覚えていない。何かしらの診断書をもらい、「勝ち取りました」と先輩に連絡を入れると「よかったねぇ」と笑ってくれた彼女の声だけは今でも忘れていない。


明るい彼女の足跡をなぞり、私の心が回復していくのは、自信にも繋がった。

先輩のようにはいかなくとも、心を病んだ学生のお手伝いがしたい、とまで考えるようになっていたのだ。




私が学生カウンセリングに通い始めて半年後、先輩は自殺した。

部屋で首を吊っていたという。




良い人だった。せめて相談してほしかった。

誰かとそんな会話をした気がする。相槌は打ったが、こんなありきたりなことしか思えない自分がひどく嫌で、きっと同じ言葉で弔ってしまうと思い、葬式には行けなかった。


彼女の足跡は死に繋がっている。自分は綺麗になぞる勇気も出なかった。カウンセリング通いをやめた。

軽々しく死にたいと連呼していた私はいつか自死を選べるのだろうか?


先輩のLINEのホームには「ちゃんと死ねますように」とだけ残されていた。







「おおやさん、同居人の方々、すみません。ご迷惑をおかけしました。

糞親に損害賠償を請求してください。

本当に物件の汚点を作ってしまい申し訳ありません。」


軽快な更新音とともにツイートが更新される。

カジュアルに”死”という単語が飛び交うタイムラインには似つかわしくもない遺書だ。

顔も知らない貴方へ。ちゃんと死ねていますか?どうか、苦しまないよう、ひとおもいに死ねていることを祈っています。


控えめなクラシックが鳴り、コーヒーメーカーがコーヒーの完成を告げた。

充満していた死の気配を押し除けるように、部屋に苦い香りが満ちる。

私はコーヒーを飲むために起き上がった。




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