第448話 女商人は、食っちゃ寝の捕虜を働かせる
ロサリオ枢機卿らとの会合を終えたアリアは、すぐにレオナルドと共に魔国に転移した。首脳会談の打診のこともさることながら、何よりもどうして戦争が終わらないのか、そのことを美玲公主に訊ねるためだ。しかし……
「わかりませんよ、そんなことは。……それよりも、このケーキ気にいったから、お代わり貰えるかしら?」
美玲はアリアの言葉に素っ気なく返事をすると、お付きのメイドにそう要求した。当然だが、この態度にアリアは苛立ち、だから一言耳に痛い言葉を浴びせてやることにした。
「ちょっとは動きなさいよ!だからデブるのよ!」
「はいっ!?」
自覚がなかったのか、それともこのような失礼な言葉を投げ掛けられることがこれまでなかったのか。美玲は驚いたような声を上げてアリアを見た。
だが、アリアは言う。「見るべきなのは、わたしの顔ではなく鏡でしょう」と。
「か……鏡を……」
多少は心当たりがあったのかもしれない。美玲はメイドにケーキの代わりに全身が映る大きな鏡をこの場に持ってくるように命じた。傍で見ていた魔王アウグストも苦笑いを浮かべながら、この命令を追認した。
「うそ……なんでこんなに……」
やがて持ち込まれた鏡を見て、美玲は絶句した。捕虜になってからたった2か月弱でどうしてこのようにお腹がポッコリと出て、顎や頬に肉がついているのか。意味が分からないと悲鳴のような声を上げた。
だから、アリアは彼女に言う。「動きなさい」と。
「あなたが今の帝国の内情について、理解していないことはよくわかったわ。でも、わたしたちは知りたいの。協力してくれるわよね?」
それは、華帝国にもう一度戻って、どうして戦争を止めないのか探って欲しいということだった。皇帝の妹なのだから、直接会って聞いてもらえないかと。
しかし、美玲は首を左右に振った。
「申し訳ないけど、捕虜になった以上は国に戻れば罪人扱いになるから、兄に会うことはできないわ」
華帝国の掟の中に、「生きて虜囚の辱めを受けるな」というものがあると言う美玲。それは皇族だろうと女だろうと例外はないのだと付け足した。
「だからこそ、わたしはここでこうして留まっているのよ。わかったら、もう帰ってくれるかしら?」
そして、「ケーキはもういいから昼寝するわよ」と、先程のメイドに言って彼女は席を立とうとした。だが、アリアはそんなわがままを許さない。レオナルドに囁いて、美玲を捕まえさせた。
「ちょ、ちょっと!何をする気なのよ!」
「アリア陛下……あまり乱暴な真似は……」
「アウグスト陛下。申し訳ないけど、こちらもあまり手段を選んでいる場合じゃないので。ちょっと、美玲さんをお借りしますね?」
抗議の声を上げたアウグストを制して、アリアはレオナルドの手を掴むとそのまま美玲を連れて【転移魔法】の発動を促した。行き先は、華帝国の皇宮だ。ただし……。
「さあ、着いたぞ」
レオナルドが得意気にそういうが、ここはどう見てもトイレの小部屋だった。
「……なんで、ここに?」
しかも、よく見ると女子トイレのようだ。だから、もしかして以前この皇宮に来たときに覗きでもしたのではないかと疑いの目を向けた。
「ち、ちがうよ!ここを転移場所に選んだのは、人目に付きにくい場所だからだよ!」
レオナルドは、疑惑を晴らすべくそう抗弁したが……それも現在進行形で美玲のおっぱいをもみもみしていては、何の説得力もない。
「レオ!すぐにその手を放しなさい!」
涙目になっていた美玲を救うべく、アリアはレオナルドを𠮟りつけた。しかし、これは敵地にいる現状では悪手以外の何物でもない。
「あれ?誰かトイレでけんかでもしているの?」
外から人の声が聞こえて、足音が次第に近づいてくる。アリアは内心で「しまった」と思ったが、後の祭りだ。
「こうなったら、レオ。仕方ないわ。魔国へ転……」
「そうだね。こうなったらハエに変身だ!」
アリアは一旦魔国に戻るつもりで【転移魔法】をかけるように頼もうとしたのだが、どういうわけだかレオナルドは全員に【変身魔法】をかけてしまった。
「ん?誰もいないわね。気のせいだったのかしら?」
扉が開かれて、女官らしき者がそう不思議そうに言葉を吐く中、その隣を3匹のハエが外へと飛んでいく。だが、その女官は気づくことなく、そのまま立ち去って行ったのだった。
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