第447話 女商人は、首脳会談の開催を提案する

 ガリア帝国の滅亡の知らせ。


 その情報がアリアの元に届いたのは、2月も半ばに近い12日の昼過ぎのことだった。そして、それは正教会の筆頭枢機卿たるロサリオの口から告げられてだ。


「嘘でしょ……?」


 思わず発した最初の一言はそれであった。それもそのはずで、ロサリオ達には伝えていないが、戦争に前のめりだった華帝国の皇帝はすでにこの世にいないのだ。それなのに、なぜそのようなことになるのか理解が追い付かない。


「陛下!この上は、魔王と手を組むことも厭いません。どうか、そのお力を持って、この悪魔どもを打ち払っていただけないでしょうか?」


 ロサリオはそういきり立ちながらも、付き添いで同席するテレジオ枢機卿になにやら促すように合図した。すると、彼は懐の内ポケットから何枚かの写真を取り出してテーブルに並べた。ただ……そこに写っているのは、まさに地獄絵図だ。


「これは……」


 思わず言葉を詰まらせて、その写真を手に取るアリアに、ロサリオは告げる。これは、攻撃後の帝都フランデンの姿であると。建物という建物は破壊されて瓦礫と化し、辺りには血まみれになった人の死体が多数写っていた。


「……現在のガリアの状勢は?」


「幼い皇帝と宰相他、政府首脳部の生死は不明。何しろ、王宮が一瞬で吹き飛ばされたとか……」


「それじゃ……逃げる間はなかったのね……」


 アリアは魔国で見た軍艦の末路を思い出して、おそらくは全員死んでいると判断した。それはつまり、ガリア帝国が事実上滅亡したということに他ならない。


「しかし、教皇猊下には今の話をきちんと通しているのかしら?半ば決まりかけていた会談を取りやめたのはそちらの方ですし……」


 それは、年が明けて華帝国の軍勢が東に向かって引き揚げ始めてからすぐのことだった。会談の約束はあくまでロサリオ枢機卿の独断による口約束であり、教皇庁は存じていないと一方的に告げてきたのは。それゆえに、アリアも顔を潰された手前、頷くことはしない。


 だが、そのことは理解しつつも、ロサリオも引くわけにはいかない。今度こそ間違いないと言って、教皇直筆の『会談申入れの親書』を提出してきた。つまり、それだけ追い詰められているというのが伝わる。


「……そこまで用意しているのであれば、もう一度だけ間を取り持つことにするわ。但し、成否までは保証しないけれどもね」


 何しろ、魔王にだって言い分はあるのだ。そんなに都合よくいつもこちらの言い分を聞いてくれるとは限らない。すると、ロサリオは交渉を有利に進めるための条件を一つ追加した。それは、教皇ミハエル・マルティネスが魔国に訪問して会談するといった内容だった。


「……随分と思い切ったことを言うわね」


「それくらいしないと、今回の話はダメでしょう。大丈夫です。教皇猊下も承知しております」


 確かにこの話を付け足せば、機嫌を損ねた魔王も考え直してくれるかもしれない。ただ、一つ懸念があることは、このことを他の国が知った時、どう反応するかということだった。


「国家レベルでは、少なくともルクレティアのバレンティン大統領とサルファリアのアーディル王、あと……国じゃないけど、ロランディ財閥リチャード総帥にも話を通しておいた方がいいと思うわ」


 さもなくば、例え勝ったとしても、後々紛糾の種になりかねない。そのことを懸念して、アリアは言った。ただ……言った後で気づく。いっそのこと、これらの者たちを一堂に集めて会談を開催してはどうかと。


「なるほど!それならば、手間が省ける……いえ、どの国に対しても角が立ちませんな。ただ、その場合は……」


「わかっているわ。魔国じゃハードルが高いわよね。それなら、オルセイヤの王に場所を貸すように頼んでおくから、そこで行いましょうか」


 こうして、会談の準備に関する取り決めをアリアとロサリオは詰めていく。開催日は、調整の状況があるため、2月25日、3月5日、3月15日を候補と上げて、西側諸国との交渉はロサリオが、魔国との交渉はアリアが受け持つこととなった。


「あとは……」


 できれば、それまでに華帝国の状勢を知りたいとアリアは考えた。魔国にはまだ美玲公主が留まっているはずなので、そのことを相談しようとも。

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