第449話 女商人は、皇帝に直談判する

 ハエに変身したアリアたちは、皇宮の中を飛び回って皇帝周正徳の居場所を探す。だが、美玲が彼の規則正しい生活リズムを覚えていて、特定することは左程難しくはなかった。


 現在の時刻は、15時を少し回ったところだった。この時間なら必ずと言っていい程おやつを食べているらしく、案の定、いくつかのそれらしい装いの部屋を回る中で見つけることができた。さらに言えば、幸いなことに周りに人はいない。


 レオナルドは、全員の変身をこの場で解いた。


「お兄様!」


「な……!お、おまえは……美玲なのか!?」


 今の今まで誰もいなかった場所に、突然妹が現れたのだ。皇帝といえども、驚かずにはいられなかったが、次の瞬間思い出しもする。この妹は、魔国に行って務めを果たすこともできずに捕虜となった愚か者だということを。


「……美玲。掟は絶対だ。例えそなたであっても……」


 許すわけにはいかないと正徳は言うが、美玲はそれでも話を聞いて欲しいと訴えた。これが最後の願いだからと言って。


 そうなると、流石に正徳も無下に拒絶することもできなくなり……


「それでなんだ。話とは?」


 仕方ないと言わんばかりにため息を吐きながら、「あまり時間がないから、早く言え」と促しもした。すると、彼女は後ろに控えていた二人を紹介する。話をするのはこの方たちだと言って。


「はじめまして、皇帝陛下。わたしは、ハルシオン王国の女王、アリア・ハルシオンと申します。突然押し掛けるような真似をして申し訳ありませんが、少々お話を聞かせてもらえないでしょうか?」


 その国の名を聞いて、正徳は驚いた。ハルシオン王国は、西側諸国の中でも、ガリア、ルクレティアと並ぶ大国であると知っていたからだ。そして、同時にそのような国の女王がここに来て、何を訊きたいのかということも理解した。


「つまり、何故我が軍が撤退しないか。そういうことでしょうか?」


 正徳としても、アリアと話す機会を得たことは悪い事ではないと思っていた。何しろ、最も頼りにしていた林天祥がどうやら陳大人に丸め込まれたらしく、「撤退命令に従わない者は放置すればよいのですよ」と言い出して、頭を悩ませていたのだ。


 それゆえに、包み隠さずに今の事情をアリアに説明した。林から聞いた陳大人の事情とやらも含めて。


「最早、遠征軍は朕の統制外にあるようだ。申し訳ないが……我らとしてもどうすることもできない」


 もし、無理やりにでも引き戻そうとすれば、陳大人は容赦することなく兵器の矛先をこの国に向けるだろうと正徳は告げる。国内にもそれなりの数は残っているものの、それでも遠征軍に預けた量に比べればはるかに少なく、戦いになれば勝ち目はないと考えていた。


 それゆえに、この件に関しては中立を保つ方針であると説明する正徳に、アリアはその決意を変える材料も持ち合わせていないことから、話題を変えることにした。それは、すなわち『戦後の体制』についてだ。


「その陳大人の復讐劇を阻止した後、どちらにしても古代の兵器については、どこかの国が悪用することがないように、監視しなければなりません」


 そのために、各国が所持する兵器を一つに集めて、共同で監視する体制を構築したいとアリアは言った。そして、その中に華帝国も加わって欲しいと。


「それに参加して、我が国に何の得があるのですかな?」


「古代遺跡は別に貴国にだけあるわけではありませんわ。もしかしたら、ガリアにもあるかもしれませんわね」


 その言葉の意味を考えて、正徳はゾッとした。もしガリアの残党勢力、あるいは後継国家がそれを手にした場合、今回の報復のために使う可能性があるということを理解したからだ。


「だが……その場合は、我が国も反撃すればいいだけの話では?少なくなったとはいえ、それでも容易くは負けませんよ?」


 確かにその被害は軽視できないかもしれないが、それでも勝てば問題はないはずだと正徳は強気で返答した。ただ、それを続ければ、いずれこの世界は古代世界と同じように崩壊するわけで、アリアは知り得る限りの知識を提示して、彼の説得に力を尽くした。


 だが、話し合いはどこまで行っても平行線をたどる。そして、時間が来たのか、話は正徳の方から打ち切った。


「申し訳ないが……この後、重要な会議がありましてな」


「仕方ないですわね。今日の所はこれで引き上げますわ」


「今日のところ?」


 これで話は終わりではないのかと、正徳は怪訝な表情を浮かべた。しかし、アリアは言い放つ。外交交渉はむしろこれから始まるのだと。


「次は勝った後にここに来ますわ。その方が陛下にご納得いただけるのはないかと思いますので」


 そのしつこさに呆れる正徳であったが、本当に勝てるのであれば、あえて拒む理由も見当たらない。


「そのときが来ることを祈っておりますよ」


 笑顔でそう返して、この部屋から立ち去ったのだった。

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