第444話 黒幕商人は、報いを受ける
「待て……なぜ、そのようなことになるのだ?」
レベッカ・カルボネラ嬢の釈放はまだしも、半ば決まっていたはずのカルボネラ商会乗っ取りが行われず、彼女がそのまま会頭の地位に返り咲いたと聞いて、オリヴェーロは驚いた。
「何かの間違いではないのか?」
そう……知らせを持ってきた部下に訊ねるが、見事に首を振られてしまい、困惑の度を深めた。
(おかしい……なぜ、アリア女王はあの小娘を許したのだ?)
オリヴェーロが知る限り、これまでのアリアなら、逆らう者は地獄のどん底に容赦なく叩き落としてきたはずだった。前総督であるリヴァルタ侯爵や商売敵であったカッシーニ、さらに伝え聞いたところでは、勇者であっても無惨な末路を辿らされたらしい。
それがゆえに、あの小娘も絶対に許されることはないと踏んでいたのだ。死刑、あるいは良くても娼館送りか、そのいずれになるものだと。だが……今となってはそんなことを言った所で何の慰めにもならない。
何しろ、偉大な先代を失い多少揺らいだとはいえ、カルボネラ商会はこのポトスでも指折りの大商会なのだ。そこの商会頭を嵌めるような真似をしたのだから、このままで済むはずがない。
現実的に考えて、これはまずいことになると理解した。
「悪いが、午後の予定は全部キャンセルだ。これからワシは……」
もう一度、カルボネラ商会の幹部を切り崩して、自分の力で乗っ取るしか道がない。そう考えて、彼らに直接会いに行くと告げようとしたところで、部屋の外から慌ただし気な足音が聞こえてきた。そして、何事かと思っていると……
「大変です!第一倉庫で火災が発生した模様です!」
「なにっ!?」
突然の凶報がオリヴェーロにもたらされた。
「ま、まずいぞ……あそこには……」
その第一倉庫には、来週オルセイヤ王室に納めるはずの最上質な塩が保管されているのだ。それを失うようなことになれば、商人としての信用は地に落ちるどころか、不手際を咎められてこの首が物理的に飛ぶことになる。オリヴェーロの顔が真っ青になった。
「と、とにかく、現地に向かうぞ!至急、馬車を用意してくれ!」
最早、カルボネラ商会どころではない。取りあえず近くにあった魔法カバンだけ持って、オリヴェーロは馬車に揺られて倉庫のあった場所に到着した。しかし、すでに全てが焼け落ちていて、そこに王室に納めるべき物など何も残っていなかった。
「あは、あはははは……」
その無惨な光景を目の当たりにして、オリヴェーロの口から乾いた笑い声が零れた。
「会頭……どうやら、放火のようです」
呆然として動くことができないオリヴェーロを見かねて、部下が消防隊から聞いてきたという火災の原因を伝えるが、もはやそのようなことはどうでもよかった。
何もかも終わったと、彼は理解したのだ。
(どうしようか……どこに逃げればよいのか……)
持ち出した魔法カバンの中には、呂範から受け取った1億Gが手つかずのままに残っている。これだけあれば、このポトスから逃げ切ることさえできれば、何とかなるのではと脳裏をよぎる。そのためには……
「悪いが……少し一人にしてくれないか?」
まず、周りにいる部下たちを遠ざけて一人になることから始めた。
「承知しました。何かございましたら、声をおかけください」
そう言って、彼らは何の疑いを抱かずにオリヴェーロから離れていったが、その隙を突いて彼は焼け跡近くにあったマンホールをこじ開けて、そこに潜り込んだ。
(確か……水路を辿れば、ポトスの外に出られたはずだ……)
まだ気づかれていないのか、追手の足音は聞こえてこない。ただ……急な話となったことから、手元に水路の地図などはなく、オリヴェーロは勘の赴くままに水路を下流に向かって進むことにした。だが、そんなに上手く事が進むはずもなく……
「くそっ!また行き止まりか!」
永遠に続く同じような景色に方向感覚はとっくにマヒして、今となってはどこから入ってきたのかすらわからなくなっていた。しかも、どこでもいいからと地上に出ようと梯子を上っても、マンホールがなぜか開くことはできなかった。
「おい!誰か!頼むから……ここを開けてくれ!」
オリヴェーロは必死になってマンホールの蓋を叩いては声を張り上げるが、その声は一向に届くことはない。やがて力尽きて、人知れずその骸をこの地下に晒すことになるのだった。
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