第430話 皇女は、冷静に進言するが……

「なに!?魔王は、我らと敵対するというのか?」


「はい、左様でございます。ですので、24時間以内にこの海域から立ち去るように勧告します。さもなくば、全力でお相手すると、魔王陛下からのお言葉でございます」


 首都メジスアート沖合の船の上。魔王アウグストの使者として訪れたアンドリューは、予定通りの最後通告を王義文外務大臣に伝えた。その場には、見目麗しい姫君のような女性がいたが、一口も話さないので特に気にすることなく返答は大臣に求めた。


「それで、返答は如何に?」


「……きっと、後悔なさいますぞ。よろしいのですな?」


 王義文は特に悔しそうな顔を滲ませてそう脅しのように告げるが、アンドリューの答えは変わらない。そのまま、彼の前を退出して船を下りて行った。


「くそっ!」


 思い通りに行かなかったことに腹を立てた王義文は、皇女である美玲公主の目の前であるにもかかわらず悪態をついた。そして、感情の赴くまま、艦隊司令官に首都への総攻撃を命じた。目に物を見せてやれと。しかし……


「お待ちなさい!」


 それまで何も口を挟まずに見守り続けてきた美玲公主が、その命令に待ったをかけた。


「王大臣。感情のままに行動して良いことは何もありませんよ。ここは一旦勧告に従い、この場から退去しましょう。我々の目的は魔国の牽制であって、侵略ではないはずですよね?」


 ここで何も得ることなく帰国すれば、王義文はきっとその地位を追われることになる。それは美玲公主も理解しているが、だからと言って彼一人のためにここにいる将兵を死地に送るわけにはいかない。


「よくよく考えてください。我らと敵対するということは、それがかなう兵器を魔国が用意したということでしょう?ゆえに、一度引かれて様子を見ては……」


 その言葉には説得力があった。この場にいた艦隊上層部の将校たちからも賛同する声が上がり、司令官も王大臣に撤退を進言した。しかし……保身にとらわれた彼の耳には届かない。


「この使節団の全権はこのわたしにある!そうですよね、皇女殿下」


「ええ……ですから、こうして説得しているのですが……」


「だったら、口を挟まないでいただきたい!……司令官、直ちに攻撃だ!このわたしが皇帝陛下の名代として命を下したのだ!グズグズするな!」


 王義文は、美玲公主の進言を不機嫌そうに無視して、改めて艦隊司令官に攻撃命令を発令した。司令官も本心では納得できていなかったが、皇帝の名を出されれば従わざるを得ない。


「主砲を敵の首都メジスアートにロックオン!最大出力で10分後に発射する。総員、準備に取り掛かれ!」


 艦内放送で命令を伝達して、段取りを整えた。しかし……発射まであと3分を切ろうとしたときだった。


「司令官!魔国側から数発の飛行物体がこちらに向かって飛んできています!」


「なに!?」


「直撃来ます!」


 レーダーを監視する士官が大きな声を張り上げて警告を発して、その直後に大きな爆音が聞こえるとともに、この船に激しい揺れが加えられた。


「な、なにがあった!」


 王義文も美玲公主も床に転倒して中々立ち上がれない中、いち早く司令官は立ち上がり、状況の把握に努めた。すると、先程のレーダーを監視していた士官は言う。先程の攻撃が僚艦3隻に直撃した模様だと。そして、その攻撃とは『ミサイル攻撃』によるものだと伝えた。


「馬鹿なことを言うな!連中がミサイル攻撃などできるわけがなかろう!」


 そんなことは有るはずがないと、遅れて立ち上がった王義文は認めずに食い掛るが、それでも士官は断言した。


「ですが!識別コードにはっきりと出ています!ミサイルで間違いありません!」


 そして、その直後にこの艦橋にも閃光が走る。第二弾で飛んできたミサイルが甲板を打ち抜いたのだ。その衝撃は先程の比ではなく……半端ではない死傷者を生み出した。


「王大臣……」


 その中には、今の今まで徹底抗戦を主張していた王義文の姿もあった。彼は、天井から落ちできた鉄骨に挟まれて、動かぬ骸となっている。最早戦う理由は失われた。


「司令官……脱出は叶うかしら?」


「残念ながら……今となっては難しいかと」


「そう。それなら、降伏するしかないわね……」


 こうしている間にも、次々と命は失われていく。もちろん、不本意ではあるものの、邪魔をする者もいなくなったことで、美玲公主はあっさり決断を下したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る