第428話 魔王は、再起動する

「……それで、アリア殿はなんと?」


 ここは魔王城。バシリオが持参した書状を広げて目を通している魔王アウグストに、アンドリューが訊ねる。だが、笑みを浮かべる様子から、それは凶報の類ではないことには気づいた。


「教皇を脅迫……いや、説得してくれたようだ。正教会は我が魔国への敵対認定を取り下げるから、華帝国への『聖戦』に参戦して欲しいそうだ」


 そして、その見立ては正しく、アウグストは手紙を折りたたみながら、アンドリューに答えた。


「我ら魔族が『聖戦』に参戦するというのは不思議なような気がしますが……」


「確かにそうだな。『聖戦』が発動されて攻撃されるのはいつも俺たち魔族だったからな。おまえのいうように、ホント不思議だよな」


 アウグストはおどけたようにそう言ったが、それでも正教会が敵対認定を取り下げたことは、人族との和平を願ってきた魔国にとっては非常に大きい、歴史的な快挙であった。


「おめでとうございます、陛下。これでようやく……」


「ああ、アイシャ殿と結婚することができるな!」


 先代の悲願が成し遂げられた……と言おうとしたアンドリューは、アウグストの素直な言葉を聞いて思わず噴き出した。「そっちですか」と。


「ですが、そうなると……華帝国の要求は」


「無論、拒否の一択だ。アンドリュー、遺跡の兵器はすぐにでも使えるのか?」


「はい。暴走する可能性はゼロではありませんが……沖合の艦隊程度なら瞬殺できると、ソルゲイ様より知らせが届いております」


「そうか!それならば、早速……」


 これまで散々脅してきたのだ。報いを与えようとアウグストは楽しそうに言った。だが、アンドリューはこれを諫める。それは不必要な恨みを残しかねないと。


「まずは、退去勧告を行いましょう。それで引かないのであれば、我が国に対して侵略する意図があると見て……」


「……攻撃するか。確かに、おまえの言うとおりだ。敵対するとしても、必要以上の恨みを買う必要はないな。すると、残るは……」


 分裂した国論の統一だ。


「現状、華帝国と結ぶことを主張する重臣の中で主だった者は、オーフェン外務大臣、シュルツ民政大臣、エトホーフ国家統計局長官、それにピサヌローク将軍……」


「他の3名は何とかなりそうだが……よりによってピサヌロークがそちらにいるのか?」


 ピサヌロークは、祖父の代から活躍している魔王軍12将の中でも最も古い男だ。軍部に強い影響力を持っており、そのため安易に粛清するといったことはできない。


「ヤツがあちらにいるのは、やはり……サンドラの一件が原因か?」


「おそらくそうでしょう。随分と可愛がっていたと聞きますからな……」


 かつて、ハルシオンでセリーヌ妃に成り代わり、挙句の果てにレオナルドに討たれたサンドラは、ピサヌロークの姪であった。ハルシオン側に言い分があり、主であるアウグストがそれを認めたとしても、胸に抱く遺恨はそう容易くなくなることはないということだろう。


 彼は以前から、ハルシオンとの融和政策に対して批判的であった。


「早急に話をつける必要があるな……」


 アウグストは心底面倒くさそうに、ため息をついた。だが、避けて通るわけにはいかず、午後にでもアンドリューを伴いピサヌロークの屋敷に赴くことを決めた。


「手土産は何がいいと思うか?」


「そうですね……」


 アンドリューは、主の問いかけに少し考え込んだ。ピサヌロークの望む物は何なのかと。


「いっそのこと、レオナルド殿と戦わせてみてはいかがでしょうか?」


「戦う?……だが、レオナルド殿はかなりのツワモノだと聞くぞ。ピサヌロークが敵うとは……」


 何しろ、レオナルドは満員にした船を容易く転移させることができるほどの魔法使いなのだ。ピサヌロークも強いとはいえ、次元が違うとアウグストは見ていた。ゆえに、それは無謀なのではと危惧もした。しかし……


「そのときはそのときで、陛下にとって邪魔な者がひとりこの世から消えるだけですよ。別にいいじゃないですか」


 アンドリューはさらっと酷いことを言った。確かにピサヌロークが仇討に失敗する形で死ねば、軍部も文句は言えないだろうし、アウグストの側としては好都合でもある。ただ……きっとモヤモヤしたモノは残るだろう。


「レオナルド殿には、手加減をしていただくように頼んでおくか……」


 それは、ピサヌロークの武人としての名誉を傷つけるかもしれない。だが、それを百も承知で、アウグストはそうしようと決めたのだった。

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