第427話 女商人は、魔国との融和を提案するが……
「それで、女王陛下。今、『華帝国の侵略』と仰られましたが……それが敵の正体なのですか?」
謝罪の事がひと段落ついたところでロサリオが口にしたその言葉に、アリアは心の内でため息をついた。そんなことすら知らなかったのかと。
だが、それを言い立てたところで何も益が出ないので、現在把握している情報を提供した。
「ガリアとの戦争で使われた鉄の箱というのは、戦車と呼ばれるもののようですわ。このように、敵は古代文明の兵器を整備して使っていると思われます」
アリアはそう言って、魔王からもらった『戦車の取扱説明書』をロサリオに渡した。すると、中身を開いて読み進むにつれて、その表情は険しいものとなる。
「このようなものを使ってくる敵ですか……」
「そうです。但し、そのような資料を入手できるということは、戦車というものは情報を流出させても左程影響のない程度の兵器と敵は考えているということなのでしょう。ですので、もっと強力なものを保持していると考えるのが妥当かと思われます」
「つまり……ドラゴンを透明にする魔法もその古代文明の?」
「いえ、違います。根本的にドラゴンとか魔法とかではなく、機械で遠くに爆弾を飛ばせる類の兵器があると思いますわ。そして、今回の戦争で使われたのではないかと」
アリアははっきりと自分の見解を伝える。ドラゴンとか魔法とか、今までの価値観で戦う相手ではないことを含めて。
「ロサリオ枢機卿。今のままで仮に聖戦を発動させたとして、勝てますか?」
発動させれば、確かに百万人に近い兵力を集めることはできるかもしれない。しかし、それらの主力は騎士や魔法使いだ。その全てがユーグやレオナルドであれば話は違うかもしれないが、現実はそんなはずはないわけで……
「無理……ですな。現実的に考えれば、犠牲者を増やすだけで……勝てっこない」
「猊下!」
「テレジオ枢機卿……現実を見なければ、首飾り事件の比ではないほどの取り返しがつかない事態を招きかねない話だ。最早、自分の立場だとか言っている場合ではない。教皇猊下もそうですよね?」
「う、うむ……今の話からすれば、卿の申すことは正しい。余もそれは認めよう。だが……」
その上で教皇ミハエルはアリアに訊ねる。
「陛下。そこまで仰っているということは、なにか打開するプランをお持ちだと考えますが、如何ですかな?」
「その通りですわ。わたくしどもは、予てからこのような日が来るのではないかと考えて、すでに動いています。目には目、歯には歯……つまり、同じように我らも古代兵器をより多く集めて所持するのです」
そうすれば、敵を打ち破ることも可能になり、場合によっては敵の行動を思いとどまらせる抑止力にもなると。
「その上で、猊下。これは提案なのですが……この際、魔国と手を結んではどうでしょうか?」
「魔国と?……それは、魔王がこれまでしてきたことを認めろというのか!?」
流石にこの提案は教皇ミハイルの琴線に触れたようで、その表情は急に険しくなる。しかし、アリアは負けない。勝つためには、魔国の協力が必要だと譲らなかった。
「猊下。お叱りを覚悟で申し上げますが、対抗するために必要な古代の兵器は、魔国にあるのです。民間レベルで調査に当たってもらっていますが……これを使うためには、かの国と手を結ぶ必要があります」
ここでそれらの所有権がルーメンス商会に移管されることは、あえて言う必要はない。アリアはこの機会に予てからの懸案事項だった『魔国との融和』を一気に推し進めようとした。
しかし、ミハイルも容易には頷かない。一先ず教皇庁に話を持ちかえって検討を図りたいと猶予を求めてきた。歴史的な決断になるのだから、当然と言えば当然であったが……
「なにを悠長なことを言われているのかしら?こうしている間にも、空飛ぶ爆弾は飛んでくるかもしれないのですよ?」
アリアはそう言って、冷や水を浴びせた。そして、もし受け入れられないということであれば、自分にも考えがあると伝える。それはすなわち、ハルシオン単独で魔国と手を結ぶということだった。
「陛下っ!そのようなことをすれば……!」
「……すれば何かしら?ロサリオ枢機卿。魔国と手を結ばなければ、正教会もこの西側諸国もお終いなのですよ。その段階で仮に『破門』されたとして、何になるのかしら?」
冷ややかな笑みを浮かべてアリアが告げると、ロサリオも教皇も、閉口して何も言えなかった。
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