第426話 女商人は、ガリアの敗北を知る

 ガリア帝国軍の敗戦の知らせ。しかも、皇帝ルドルフ4世までもが戦死したとあっては、諸国に与えた衝撃は計り知れず、遠くハルシオンまで伝わるのはそれほど日にちを要しなかった。


「ドラゴンに透明化魔法をかけて後方を攻撃してガリア軍を混乱させたとあるけど……」


 手にしている新聞にはそう書いていたが、それをそのままアリアは信じたりしない。同じく記されている鉄の箱が以前魔王アウグストから教えてもらった戦車と思しきことから、おそらくその攻撃も古代文明の兵器の仕業と見ていた。


「ただ……それが何なのかがわからないと、手の打ちようがないわね。いずれにしても、シンディさんが戻るのを待つしかないというわけね」


 彼女の求めるままに、悲しそうにレティとの別れを惜しんでいたユーグを魔国へ送り出してからすでに1週間。あれから何も知らせは届いていない。アリアは、迫りくる戦火を感じて、彼女たちの早期の帰還を願った。


「陛下。そろそろ、お時間ですが」


「あ……わかったわ。今から行くわね」


 ただ、今の自分はそのことに時間を割くわけにはいかないと思い直して、外から聞こえてきた声に返事をして、アリアは執務席から立ち上がって廊下に出た。そこには、ハラボーが控えていた。


「ハラボー伯爵。教皇猊下はガリアの件はご存じで?」


「おそらくは」


 歩き始めたアリアに付き従うハラボーはそう言って、昨夜から王都ルシェリーにある聖ノブール大聖堂において、人の出入りが多いという知らせがあることを伝えた。


「場合によっては、聖戦の発動もあるかもしれませんぞ」


「聖戦?」


 その物騒なキーワードに思わず足を止めそうになったアリアであった。聖戦とは、神の名のもとに全ての国の軍隊を結集して敵と戦うというもので、最後に発動されたのは、およそ700年も前の話だ。


「つまり、それほどヤバいということなのね?」


「はい。ガリアでは、早晩幼い皇太子が即位するでしょうが……」


 ただでさえ10万人規模で精鋭を失っており、元の力を取り戻すには時間がかかるだろう。そして、それを侵略者が待ってくれるとは思えない。ガリアはこのままだと来年には消滅する可能性が高いことをハラボーは説明し、アリアも理解した。


「それなら、精々高く売りつけてやりましょうか」


 アリアはニッコリ笑って、そのまま進むと応接室の部屋の扉を開けた。


「おお、これは女王陛下。お久しぶりでございますな」


「こちらこそ、教皇猊下。ようこそ、ハルシオンへ。歓迎しますわ」


 立ち上がって入り口近くまで出迎えに来てくれた教皇ミハエル・マルティネスとがっちり握手をしながら、アリアは笑顔でそう告げると、そのまま席に座った。教皇の隣には、テレジオ枢機卿のみならず、筆頭枢機卿であるロサリオまでいた。


 表向きの用件が、ロシュフォールの首飾り事件への謝罪と再発防止に関する対策の協議であることから、特段不思議ではない顔ぶれであるが……


「女王陛下。ご存じかと思いますが、ガリアが謎の侵略者によって敗れました。最早、我らはいがみ合っている場合ではないかと思われます。もちろん、首飾り事件に対する謝罪は行いますが……今は、この対応を協議することこそが重要かと考えます」


 やはりというか、機先を制すようにロサリオの口から聖戦に繋がるきっかけになりそうな話題が飛び出した。だが、アリアは流されない。


「対応を協議するも何も、そういう話は信頼関係が築けていることが前提なのでは?もちろん、華帝国の侵略のこともこの後お話しますが……首飾り事件の後始末。それについて、そちらの言い分をまずはお聞かせいただけないかしら?」


 アリアは余裕の笑みを崩さずに、ロサリオに言葉を返した。すると、代わりに答えたのは教皇ミハエルであった。


「謝罪は、衆人の前で行わせていただこう。場所、方法は、陛下の指示に従うこととする。そして、再発防止に関してだが……正教会主導で今後は毎年一度査察を行うこととして、その報告書を政府に提出したいと考える。それでどうかな?」


 その提出される報告書が果たして本当のことを書いているのかは怪しい所であるが、もし、嘘の報告を上げて信頼を失うのは教会の側なので、アリアからすれば十分な回答であった。


「それで結構ですわ」


 アリアは短く答えて、この件はこれで終いをつける。そして、議題はいよいよ華帝国の侵略の話へと移るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る