第425話 ガリア皇帝は、無謀に挑んで散る

「あれか。山の向こうからやってきた猿共の群れというのは」


12月22日——。ここは、ロシール王国領とアルバニア王国との国境を接するアルタイル川の畔。


 ロシール王国の残党、並びにアルバニアをはじめとする近隣諸国の要請により、ハルシオンと並ぶ大国であるガリア帝国の皇帝ルドルフ4世は、河の西側に総勢15万人の軍勢を終結させていた。目的はもちろん、東方の蛮族によって占領されたロシール王国の解放だ。


「ルドルフ陛下。此度は援軍かたじけなく……」


「水臭いことを言わんでください、ニコライ陛下。敵中に捕らえられたと思しきマイヤ王女は、このルドルフが必ず救い出して見せましょう」


 ルドルフはそう言って、アルバニア王であるニコライ3世に誓いを立てるが、もちろんただではない。ロシール王国内の金山3つの採掘権とニコライの姪に当たるマイヤ王女を側室にすることを認めるというのが条件である。


(マイヤ王女は、とても美しい少女だと聞く。まあ……処女は散らされているだろうが……)


 それでも側室であれば問題ないと考えるルドルフ。生まれた子にロシールを継承させれば、ガリア帝国の威光はソビエト山脈まで届くことになるのだ。美少女は抱けるし、二重に美味しい話である。


「それにしても……思ったよりは少ないですな」


「それはきっと、ルドルフ陛下の迅速な対応についてこれなかったのでしょう」


 対岸にいるのは、正面に筒をつけている箱のような物が数百程度。騎士や兵士の姿も若干見えるが、いずれにしても物の数ではなかった。


「陛下。いっそのこと、総攻撃を仕掛けてみては?」


 そのように進言したのは、副官のアンゲラー大佐だ。敵の態勢が整わないうちに一戦交えて、その後で王都奪還に向けて兵を進める。彼の主張は概ねそのようなものだった。


「だが、ドラゴンの攻撃はどうする?渡河の途中で攻撃されれば、いくら15万の大軍とはいえ、被害が出るぞ?」


 このアルバニア王国に逃れることができたロシール王国の生存者は語っていたのだ。王国が成す術もなく敗れ去ったのは、空からの謎の攻撃だったと。ゆえに、ルドルフはそれをドラゴンによる攻撃だと考えていた。


「それでは、如何なさいますか?」


 総攻撃を否定された以上、この地でしばらく様子を見るということなのだろうが、それでは消極的すぎないか。アンゲラー大佐は心の中では思ったが、主の判断を仰いだ。すると……


ひゅーーーん……ドゴンっ!


「うわっ!」


 突然の爆音と振動が本陣を襲った。ルドルフも、ニコライも驚き、一体何が起こったのかとあたりを見渡すと、はるか後方から土煙が上がっているのが見えた。


「何事だ!?」


「わかりません!直ちに見てまいります!」


 アンゲラー大佐はそう言って、土煙が上がった後方へと走り出したが……爆音と振動はなおも続き、立ち昇る土煙の数を増やしていった。


「これは一体……」


 本当に何が起こっているのか。ルドルフは「もしやドラゴンの攻撃か」と空を見上げるも、そこには何もいない。青空が広がっているだけだった。だが、こうしている間にもまた激しい爆音が聞こえてきた。


「どうしてだ!?空には敵はいないのに、なぜ空から攻撃を受けるんだ!」


 大混乱の中で、ルドルフは周辺に訊ねるが、答えは帰ってこない。すると……今度は前方にも異変が起こった。


「陛下!前方の箱のようなものが前進を始めました!」


「な、なんだと!?」


 そばにいた次席副官のバッハ中佐の言葉に驚いてルドルフが川に向けて視線を向けると、箱——つまり、戦車の群れが……今まさに一斉に渡り始めようとしていた。


(もしかして、後方は陽動だったか……)


 ルドルフはそのことに思い当たり、すぐさま迎撃の指令を下した。それでもその数は少ないのだから、やりようはある。


「迎撃しろ!川の中で殲滅しろ!」


 しかし、足が止まる川の中で迎え撃とうとしたというのに、ガリア軍の騎士や魔導士が放つその攻撃は、何一つダメージを与えることができず、戦車は前進を続ける。そして、無遠慮に主砲から放たれた砲撃は、群がる者たちを吹き飛ばして、さらに前進を続けた。


「陛下!早くお立ち退きを!」


 こうなると、最早成す術はなかった。前進を続ける戦車による攻撃は、あっという間にルドルフの本陣近くを破壊し始め、幕僚たちは皇帝の退避を進言した。だが……ルドルフは動かない。いや、動けなかった。


「ば、馬鹿な……」


 最後の瞬間まで、目の前で起こっている出来事が理解できず、呆然と立ち尽くしているところを攻撃されて、幕僚共々木っ端みじんに粉砕された。


「ほ、本陣が……」


「ダメだ……もうこの戦は負けだ……」


 そして、残された将兵は絶望の中、敗走を始める。華帝国軍の残党狩りは熾烈を極め、15万の将兵のうち、生きてガリアの地を踏めたのは、その3分の1……5万にも満たなかったのだった。

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