第424話 女商人は、再び懺悔室で

「……では、迷える子羊よ、入りなさい……って、アリアさんじゃないですか!」


 ここは、オランジバークのイザベラ教会にある懺悔室。窓越しに座るアリアの姿を見て、ミーナが驚きのあまり、素で返してしまった。そんな彼女の様子を見て、以前にもこんなことがあったなと思い出して、アリアはクスリと笑った。


「それで、今日は一体どうしたんですか?イザベラさんなら、町の会合で留守にしていますけど……」


「そう……」


 それならば出直そうかと思ったアリアであったが、よくよく考えてみれば、胸の内に抱える悩みを吐き出すために来たのだから、その相手は誰でもいいわけだ。


「ミーナさん、わたしの迷いを聞いてくれる?」


「えっ!?アリアさんのですか?」


「何よ……わたしが迷っているのがそんなにおかしいのかしら?」


 少しムスっとしたように返してきたアリアの言葉に、「そんなことはありません」と返したミーナであったが、途轍もない嫌な予感がして顔をひきつらせた。そして、案の定というか、やはりというか。その口から発せられた言葉は、手に負えない類の物だった。


(……なんでこんな田舎の教会に、世界の命運に関わる相談をしに来るのよ!)


 そんな難しい問題は、教皇猊下にでも相談しろとミーナは言いたかった。一介のシスター見習いの自分に一体何を求めているのだと。だが、アリアは止まらない。


「それで、あなたはどう思う?」


「どうって……」


「二者択一よ。兵器を使うのか、それとも使わないのか。どっち?」


「どっちと言われても……」


 挙句の果てに、世界滅亡のトリガーまで委ねてきたので、いよいよミーナの進退は極まった。アリアは「あなたの決定に従うから安心して」と言っているが、何をどう安心していいのか意味不明だ。


 すると、そのとき懺悔室の扉が突然開かれて、ボンが姿を現した。


「あれ?アリアさんじゃないっスか。どうしたんスか?もしかして、レオナルドさんにまた浮気でもされたんスか?」


「またとは何よ、またとは。大体、ここは個人的な悩みを相談する懺悔室なのに、なんであんたが入って来るのよ。おかしくない?プライバシーの保護はどうなっているのよ!」


「え……?ああ、そう言えば、ここはそう言う部屋だったっスね。最近教会の行事に参加していないから、すっかり忘れていたっスよ」


 そう言いながら、ボンはミーナに要件を告げる。いつもの本屋が来ていると。


「そ、そういうことなので、アリアさん。申し訳ありませんが、席を外してもよろしいでしょうか?」


「え……?ああ、そうね。いってらっしゃい……って、もういないじゃない!」


 最後まで言い切っていないというのに、ミーナはこの懺悔室から飛び出していき、何処かに消えていた。ただ、おかげで頭も次第に冷えてきて、同時に彼女の気持ちも理解した。シスター見習いの彼女には重すぎた相談だったと。


「さて……」


 こうして相談相手もいなくなったことで、アリアは変えることを決めて腰を浮かした。すると、ボンは不思議そうな顔をしてアリアを見た。


「なに?ボン。わたしの顔に何かついている?」


「いや……悩みがあるからここに来たんスよね?俺でいいなら、話聞くっスよ」


「え……?でも、とても重い話よ。気持ちは嬉しいけど、それでいいの?」


「構わないっスよ。水臭いことを言わんでくださいっスよ」


 何年付き合っていると思っているのかと笑うボンに、それならばとアリアは先程ミーナにした話をもう一度ぶつけてみる。


「それで、ボンならどうする?」


「当然、使うっス!」


「えっ!?使うの?世界が滅びるかもしれないのに?」


 あまりにも切れの良い回答に、今度はアリアの方が戸惑いを覚えるが……そんな彼女にボンは言う。「滅びたら、滅びたときっスよ」と。


「使わなければ自分が死ぬというのなら、使わないという選択肢はないっしょ。そんな当たり前のことを聞くなんて……アリアさん、今日は一体どうしたんスか?」


 何か変なキノコでも食べたのではないかと心配するボンに、アリアは「食べてないわよ」と笑いながら返しつつも、懐かしさを覚えて初心を思い出した。


(そうよね……。わたしはいつも自分の都合を最優先にして、ここまで来たんだったわ!)


 かつて、王冠よりも恋人との甘い結婚よりも優先させて進めた勇者への復讐。あの頃の自分ならば、ボンの言うようにきっと迷わなかったはずだ。そのことを思い出して、アリアの迷いはすうっと晴れていくのだった。

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