第423話 女商人は、諸刃の剣を前にして

「……おい、頼むから……もう少し、そうっと運んでくれ……あっ、うう……」


 苦悶の表情で悲痛な声を零しながら、その担架に乗せられた男はルーナの前を横切り、いずこなりへと運ばれていった。


 しかし、どうしたのだろうと思いつつも、今はそれどころではないと思い直して、ルーナは男がやってきた方角へと廊下の角を曲がる。向かうはその先にあるアリア女王の執務室だった。


「お姉さま、よろしいでしょうか」


 ドアが開いていたので、ノックをせずに直接中に伺うと、「入ってきて」という声が聞こえたので、ルーナは先に進んだ。すると、そこには一仕事を終えたように清々しい顔を見せるアリアの姿があった。


「あの……何かありましたか?」


 その理由が先程の担架の男にあるのだろうと何となく理解して、ルーナが訊ねてみると、アリアは事の次第を説明した。すなわち、エドワードに迫られたことを。


「……それで、股間を蹴り上げてアレを粉砕したと?」


「そうよ!何を考えていたのか、大きく膨らませていたから思いっきりね!あなたも気を付けなさいよ。男ってヤることしか考えていないからね。隙を見せたら、あっという間にお腹が大きくなるわよ!」


 それは経験からくる言葉なのかはわからないが、ルーナは取りあえず「肝に銘じます」とだけ返事をして深入りを避けると、そのまま本来の要件に入った。それは、シンディからもたらされた遺跡調査に関する中間報告だ。


「シンディさんからの報告では、これまで戦車300両、戦闘機200機、爆撃機30機、ミサイル1万発、潜水艦30隻が発見されたそうです」


「戦闘機?ミサイル?」


 聞き慣れない単語にアリアは戸惑うが、ルーナは簡潔に「いずれも古代の強力な兵器です」とだけ言って、話を締めくくった。実の所、彼女自身もどういうものなのかは理解が追い付いていない。


「まあ、中身は置いておくとして……数は多いようね」


「はい。シンディさんが言うには、今回調査した東部の遺跡はかつての軍事基地だったようでして……」


 それがどういう経緯で地下に埋没したのか、あるいは元々地下にあった可能性もあるが……実態としては当時の状態のまま保存されていたという話だった。


「それなら、今でも使えるの?」


「流石にそれは……。しかし、シンディさんが言うには、錆びているだけで損壊はしていないから、【時間魔法】で時を遡らせればすぐにでも使えるのではないかと」


「時間魔法……ねえ……」


「ですので、お姉さま。ユーグさんかレオナルドさんを貸してはいただけないでしょうか」


 この二人の実力であれば、きっと可能だろうとルーナは言う。もちろん、アリアも同じ意見ではあるが……


(ユーグさん、きっと泣くわね……)


 何しろ、レティシアは1歳を過ぎてより可愛らしい仕草を見せるようになったのだ。フランツも、マグナレーナも、そして、ユーグもメロメロになって毎日足しげく彼女の下を訪ねているのだ。


 そんな状態で、ユーグに魔国へ行けというのは、今の彼にとっては死刑判決に等しいだろう。だが……


「わかったわ。ユーグさんに行ってもらうことにするわね」


 それでも兵器が使えなければ、レティシアとの平和な日々も失われることになるわけで、アリアは決断を下した。ちなみにだが、レオナルドに行ってもらうという選択肢はない。アリアもそろそろ二人目が欲しいと思い始めていたのだ。


「あと……もう一つ懸念することが……」


「もしかして、人員の問題?」


 それだけの兵器が使えるようになったとしても、動かすには人が必要になる。しかも、ただ集めればいいわけではなく、使えるように訓練もしなければならない。どう考えても時間がかかる話だ。


 しかし、ルーナは首を左右に振って、アリアの考えを否定した。


「どうやら、それらの兵器には人工知能があり、制御する機械を通して指示を下せば、その通りに動いてくれるそうです」


「ホント!?それなら……」


 何も問題ないのではないか。そう言いかけて、アリアは思い止まった。それならば、ルーナはこんな難しそうな顔をしていないということに気がついて。


「……その様子だと、何かとんでもない問題が潜んでいるのよね?」


「はい……」


 ルーナは話を続けた。それは、人工知能の暴走が古代文明滅亡の引き金になったという類のものだった。


「もちろん、今回発見された兵器を使ったときにそうなるのかはわかりません。ですが、使う場合はその覚悟も必要かと……」


 それはとても重い言葉であった。場合によっては、自分が世界滅亡の引き金をひくことになりかねないということを理解して、アリアは思わず息を呑んだ。


(確かに使わなければ、世界は華帝国の手に落ちるけど……)


 それでも、人族の世界はこの先も続いていくだろう。そこにハルシオンや北部同盟という国が存在しなくても、人々の生活はそこに存在し続けるのだ。それでも本当にやるべきことなのか……。


 アリアの心の中で、ためらう気持ちが芽生えたのだった。

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