第422話 女商人は、寂しさに付け込む間男を返り討ちにする

 時は12月7日。アリアは未だ東方の異変を知らない。


「エドワード、正教会に何か動きある?」


 この日、朝一番に面会した宣伝大臣のエドワードに確認したのは、『ロシュフォールの首飾り事件』に端を発してアリアが求めた査察を正教会側が何かアクションを起こしているか、いないのかということだった。


「今のところありませんな。しかし、陛下。本当に査察を行うつもりで?」


 要求を出してからすでに3か月余り。宣伝大臣のエドワードは、現状を報告した上で、改めてこの主の意向を確認した。行えば確実に教会の権威は地に落ちるだろうが、激しい抵抗も予想される。一旦始めれば、事態の長期化は避けられない。


「恐れながら、陛下が仰せのようにその華帝国とやらが攻め込んでくるのであれば、これはブラフに留めておかれるべきかと」


「わかっているわ。でも……要求を出している以上は、こちらから引っ込めることはできないわ。ハラボー大臣、どこか落としどころはないかしら?」


 この場には内大臣であるハラボー伯爵が同席していた。彼には正教会との交渉を任せており、そのためアリアは意見を求めた。すると……ハラボーは何かを決意したような表情でアリアに進言した。


「陛下。この際、教皇猊下と直接会談をなさるのがよろしいかと」


「教皇猊下と?」


「はい。その席で猊下より直接謝罪してもらい、再発防止を誓っていただきましょう」


「なるほど……その代わりに査察は取り下げるのね?」


 そうすれば、アリアは女王としての面目を施し、正教会は査察によってこれまでの悪行を暴かれることはない。そして、疑惑は残ったままなのだから、教会の権威は落ちることはあっても回復することはないだろう。


「いいアイデアね。それで手配してくれる?」


「畏まりました」


 ハラボーは恭しく頭を下げて、早速仕事に取り掛かるとしてこの部屋を退去した。だが、その足取りは幾分か軽やかに見える。


「ハラボー伯爵も板挟みになっていましたからな……」


 これまで強硬な姿勢を崩さなかったアリアと協議相手であるテレジオ枢機卿の泣き落としの間で悩んだせいか、その後頭部は以前と比べて確実に薄くなっていた。エドワードが発した同情する声に、アリアの中に罪悪感が芽生えた。


「それにしても……」


「ん?」


「思い通りにならないモノですね。この世の中も、男女の仲も……」


 ハラボーがいなくなり、レオナルドも今日は別用があるため不在であることから、この部屋には今、アリアとエドワードしかいない。そんな中で儚げにわざわざ慰めるように言ったのにはわけがある。


(ここだ!女王を寝取るには今より他はない!)


 女王がセックスレスであることは、この王宮では知らぬ者はいないのだ。しかも、この1か月余りの間には、夫であるレオナルドが夜な夜なメイドと密会しているという噂も飛び交っていた。……これはエドワードが流したデマではあるが。


 そのため、ここで優しい言葉の1つや2つをかけてやれば、例え女王であっても、キスから始めてやがて股を開くことは疑いなしだと、エドワードは判断した。


「陛下……いえ、アリアさん。ここにはわたしの他には誰もおりません。どうか、その女王の仮面をひと時外して、心をお安め下さい」


 そう言って、一歩、二歩とエドワードはアリアに近づいた。もし落ちなくて、このまま手籠めしたとしても、きっと体は正直に自分を受け入れてくれるだろうと疑わずに。しかし……


「ごめんなさいね、エドワード。わたし、その手の言葉は信じないことにしているのよ。勇者で痛い目を見たからね」


 そうニッコリ笑って……エドワードの股間を思いっきり蹴り上げた。


「ぎゃあああああああ!!!!!!!!」


 アリアの靴先には、軽量ではあるが途轍もない硬度を誇る板が埋め込まれていた。作成してくれたシンディが言うには、これも古代の英知だという。


「あなたでしょ?レオが浮気しているとか、わたしがセックスレスだとか噂を流したのは。見くびるんじゃないわよ!わたしはそれくらいで浮気するような尻軽じゃないわ!」


 そう言いながら、仰向けになって口から泡を吹いているエドワードの股間をすりつぶすかのように踏み踏みするアリア。まだ使い道があるから、勇者のように男として終わらせるまでは潰さないが、主の恐ろしさを思い知らせる必要はあると考えていた。


「陛下!何事ですか!」


 部屋の外に悲鳴が漏れたのだろう。扉の外からは衛兵の声が聞こえてきた。だから、アリアはさらに罰を与える。


「宣伝大臣が急に倒れたわ。メアリー先生を呼んできてくれる?」


「畏まりました」


 メアリーは言うまでもなく女医だ。しかも、まだ若い。そんな彼女に弱り切ったアレを治療されるのは、エドワードからすれば屈辱以外の何物でもない。だが、激痛にもだえ苦しむ今となっては、抗議することもできなかった。

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