第420話 皇太孫は、野心をくじく者の出現を願う

 ここは、大陸を南北に分断する『ソビエト山脈』の東側、華帝国の支配地域としては最西端の町、敦興——。


 普段であればさびれた人口1万人にも満たない地方都市であるこの町だが、今や30万を超える軍勢と古代世界では使われていた200機の戦闘機と500台の装甲車が城壁の外に集結し、季節はもうすぐ冬だというのに辺りは異様な熱気に包まれていた。そして……


「我が忠勇なる兵士諸君!時は満ちた!!」


 全ての者たちの熱視線が城壁の上に立つ一人の男にくぎ付けとなる。その男の名は、周明徳。かつて魔王ドラホミルより世界の半分を譲られたという勇者の末裔にして、一代で分裂していた東方平原を統一して華帝国を建国した英雄であった。


「諸君!我らはこれより何処に向かうのか?それはこの大山脈の西側だ。それはなぜか!」


「「「世界は優秀な我らが民族によって管理されねばならぬからです!」」」


 城壁の下に集う兵士たちは、大きな声を張り上げて、皇帝の問いに対する答えを唱えた。すると、周明徳はにっこりと笑い、「その通りだ」と言った。


「西側の連中は自らを神の子と称し、この世界は自分たちを中心に回っていると勘違いしておるようだ。その証拠に不遜にも、この東方平原にもかつては正教会とやらの『教え』とやらを広めようとする増長者の姿があった。だが……諸君に問う。我らは教えを請わねばならぬほど愚かな民族なのか?」


「「「違う!断じて違う!!」」」


「そうだ。我らは西の連中に教えを請わねばならぬことなど何もないのだ。そして、見よ!この地に顕現した古代の英知を。西側にはないこの英知を保持し、使うことができる。これこそがその証拠である!」


 そう言って杖を向けたその先にあるのは、戦闘機や装甲車といったオーバーテクノロジーの兵器の数々だった。すでにこの東方平原を統一するにあたって圧倒的な力を示しており、その実力を疑う者はこの場にはいない。


「ゆえに、恐れるな!勝利はすでに約束されているのだ!進め、我らの英雄たちよ。これは聖戦である!!大華帝国、万歳!!」


「「「大華帝国万歳!!皇帝陛下万歳!!」」」


 兵士たちの熱は頂点に達して、大きなうねりとなってこの場を支配した。そんな彼らが上げる「万歳」の声に皇帝周明徳は手を振るが……一方で、この皇帝の姿に眉を顰める者がいないわけではなかった。


「殿下……」


「わかっている。この期に及んで馬鹿な真似はしないさ」


 周明徳のすぐ後ろに立つ孫の周正徳は、早くに亡くなった父の代わりに皇太孫に立てられているが、この祖父の拡大方針には一貫して反対し続けてきた。ただ、流石にこの場で異を唱えたりはしない。ゆえに、心配する傅役の林天祥にそう告げて安心させた。


(ただ……それにしてもだ)


 兵士たちに手を振り続けている祖父の姿を見つめながら、ひとり正徳は思う。この爺さんはいつまで生きるのかと。


(すでに90に差し掛かっているのに、その覇気は未だ衰える気配がないな。これも古代の英知なのか?)


 そういう思いが頭をチラつき、ゾッとする。正徳はこの12月で30歳になるが、もしかすると祖父よりも自分の方が先に死ぬのではないかと。何しろ、皇太子であった父は皇帝になれないまま、一昨年に64歳でなくなっているのだ。他人事ではない。


(いっそのこと、毒でも盛るか……?)


 思慮の果てにそんな物騒なことも頭をよぎった。そうすれば、自分は皇帝に即位もできて、こんな馬鹿げた聖戦を止めることだってできるのだ。非常に魅力的な手段のように段々思えてくる。だが……


(いかん、いかん。これこそが、さっき言った『馬鹿なこと』じゃないか!)


 正徳はため息を一つ吐き、迷いを払うかのように首を左右に振った。それに、相手は血が繋がっている祖父なのだ。道義的にそんなことは許されるわけがないとして。


「殿下。そろそろ……」


「ん?……ああ、わかった」


 林天祥の声に正徳は自身が考え込み過ぎていたことに気づいて、意識を祖父の方に向けると、まさに今、彼はゆっくりと侍従官と共にこの場から去ろうとしていた。


「「「大華帝国万歳!!皇帝陛下万歳!!」」」


 城壁の下では、熱を帯びた兵士たちの歓声が相も変わらず鳴りやまずに続いている。しかし、正徳は祖父に続いてこの場から立ち去る中、不届きにもこの野心に満ちた企てをくじく者が現れることを心の底から願ったのだった。

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