第418話 女商人は、置き去りにした研究者から要望を聞く

「ひどいじゃない!気がついたら居なくなっているなんて!」


 再び遺跡へ転移したアリアたちに、そう文句を言うのはシンディだ。資料を読み漁ることに没頭していたので、居なくなっても気づかないと思っていたが、意外にもすぐに置き去りにされたことに気づいたという。


「だって……何度言ってもシンディさん動こうとはしなかったじゃない」


「だからって、普通遺跡の中に一人置き去りにする!?しかも、自分たちは家でしっぽりヤってきたようね?」


「え……?」


 その瞬間、なんでわかったのかとアリアの目が泳いだ。だが……これはかまをかけられていたようだ。逆にシンディの方が驚いていた。「本当にヤってたの?」と。


 アリアは顔を真っ赤にして、素直に「ごめんなさい」と謝った。実際には、我慢の限界が来たレオナルドに、半ば無理やり獣のように蹂躙されたのだが……それはそれで、いつもと違って楽しかっただけに、これ以上の言い訳は傷口が広がるだけだと判断して断念した。


「まあ……とにかく帰りましょうよ。もちろん、望みがあればできるだけ希望を叶えるようにするからさ」


 それで許してというアリアに、シンディは仕方ないとため息をつきつつ、思ったことを素直に伝えた。


「それなら、もっと他の遺跡を調査できるようにして欲しいわね」


「他の遺跡?」


 その言葉にアリアは首をかしげた。なぜなら、今回入手した『核兵器を使用できなくする装置』の実用化に専念するとばかり思っていたからだ。だが、シンディは言った。この程度の装置ならば、オズワルドに任せればよいと。


「これが翻訳した設計図とここの設備を運用するためのマニュアルだ。昨日預けた試作品と一緒に渡して、この研究所の設備を使えば、装置は完成できるはず。ただ……問題は稼働させるためのエネルギーをどうするかだ」


「エネルギー?」


「昨日ここにあった発電機のように、稼働させるためには強力な電力と呼ばれるものが必要になるわ。だけど……その当てがない」


 その電力というのは、雷魔法のようなものであるとシンディはいいつつも、機械が繊細であるため、単に雷撃を喰らわせればいいわけではないと。


「つまり……そのヒントを探しに行くために、他の遺跡へ?」


「それだけじゃないさ。ここには確かに核兵器とやらを無効にする装置へのヒントがあった。だが、敵が持っているのは何も核兵器だけじゃないだろ?」


 そもそも、魔王アウグストから渡されたのは、戦車の取扱説明書だ。仮に装置ができて核兵器を封じたとしても、その他の兵器を使われれば、今の時点でこの世界に対抗する術はないのだ。


「ここの研究所に残っていた資料から、帝国や北部同盟の領域内でここ以外にも遺跡はあるみたいだから、まずはそこから当たってもいいけど……できれば、魔国の遺跡を調べてみたいわね」


「魔国の?」


「当時、世界を滅ぼす引き金を引いたのは、あの大陸にあった大国なのさ。所長の日誌を読み解く限り、圧倒的な軍事力を背景に世界の警察官を気取り、逆らう国を異端扱いしては制裁を加えて滅ぼしていったみたいね」


 だからこそ、もしかしたら華帝国を圧倒するような兵器が魔国の遺跡には眠っているのではないかとシンディは言う。ただ……問題はそれを魔国が受け入れてくれるかだ。


「今回の一件で、どうも魔国は中立を保つか迷っているみたいだから、果たして受け入れてくれるかどうかはわからないわね。でも、努力はしてみる」


 シンディの申し出は理に適っている。これを実現できるかどうかは、アリアの仕事の領域だ。そう考えながら、オランジバークに転移した。


「あ……お姉さま」


 すると、転移した先、ハンベルク商会の会頭室にルーナがいた。そして、隣にはバシリオもいる。


(どういう理由かはわからないけど……これは好都合だわ)


 そう思って、アリアは早速シンディから上がった要望を二人に相談しようとした。しかし……


「あの……アリアさん。シンディさんを魔国にお借りするわけにはいかないでしょうか?」


「はい?」


 バシリオに機先を制されて、だが、自分が考えていたことと同じことを言われて、アリアは驚いた。そして、彼の口から続いて出たのが魔国の遺跡の調査にシンディを貸して欲しいという依頼だった。


「あの……詳しく話してくれるかしら?」


 内心では手間が省けたと思っているが、アリアは口にしない。相手が頼むのならば、それはそれでいいのだ。ゆえに、二人の考えをまず聞くことにしたのだった。

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