第417話 魔王は、大いに悩む

 一方、アリアたちが古代遺跡の調査に当たっている頃、海を隔てた魔国では、魔王アウグストが側近のアンドリューと駐オランジバーク大使であるバシリオを自室へ招き、内々の協議を重ねていた。テーマは、華帝国に敵対するか否かだ。


「陛下……。決断を下されるのであれば、早いほうがよろしいかと」


 そう主君に促すのは、アンドリューの方だった。宮廷内の状勢は、徐々にだが華帝国と手を結ぶという意見を主張する者たちが増えており、このまま大勢を占めるようなことがあれば、この先、いくらアウグストがアリアとの関係を堅持して共に戦うと言っても、誰もついてこない可能性がある。場合によっては、内乱が起こりかねないと。


「わかっている。だが……」


 現在、アウグストがいる首都メジスアートの近海には、鉄でできた軍艦が何隻も集まり、演習と称して日夜ど派手に大砲を撃つなどしていた。


(もし、あの艦隊の砲台がこの首都に向けられたら……)


 発射速度とその破壊力。それを見る限り、いくら魔王アウグストが全力を挙げたとしても、全てを防ぎきることはできないだろう。そのことが彼の決断を鈍らせていた。このまま、どちらにもつかずに、中立を守るというのも選択の一つなのではないかとも、頭の中では時折よぎってはいる。


「あの……陛下。一つよろしいでしょか?」


 すると、そんなアウグストを見かねて、バシリオが口を開いた。何だろうと思って、発言を許可すると、彼は言った。「戦ったら、必ず負けるのでしょうか」と。


「あのな……そう思っているから、このように悩んでいるのだろ。それともなにか?必勝の信念があれば神風とかが吹くとでも思っているのか?」


 アウグストは呆れるような苛立つような、そんな感情を言葉に織り込ませて、バシリオの発言を否定しようとした。しかし……


「それは、あくまでも『今』ということですよね?幸いなことにわが国にも古代文明の遺跡は多数存在するのです。ローデヴェイクの遺跡のように、手に負えないからと放置していたモノを洗い直せば、対抗できるものも見つかるのではないでしょうか」


 バシリオはアウグストの叱責を恐れずに、はっきりと言い切った。そして、その発言に隣で聞いていたアンドリューが反応した。


「陛下……おそれながら、バシリオが申していることにも一理あるかと。早速、研究者を集めて総点検をさせてみては?」


 国内全部で古代遺跡は158カ所存在し、そのうち手が付けられずに危険だと認定されている場所は19カ所に及ぶ。アンドリューはこの危険認定を受けた19カ所の再調査を行うことを進言した。だが……アウグストは今一つ気乗りがしていない。


「だがな、アンドリュー。それは以前やったのではなかったのか。それならば、結局同じ結果になるのではないのか?」


 言っていることは間違ってはいない。先代の魔王アレクサンドロスの時代に行われた調査から、まだ15年しか経っていないのだ。その間に飛びぬけて優秀な研究者が魔国には現れていない。


「しかし、それは『魔国には』という話ですよね?オランジバークに取られましたが……シンディ殿の協力を得ることができれば、もしかしたら……」


 ジャフールの地下室で出会った彼女は、古代文明の技術を研究していると言った。そのことを思い出して、バシリオは彼女を調査団に加えてはどうかと言った。何かが見つかるかもしれないと言って。


「だが……そうなると、結局はアリア殿と手を組む必要があるということだな」


 そのシンディはアリアの庇護下にあり、アウグストの勝手にはならない。ゆえに、協力を求めるのであれば、そういうことになるわけだ。それができるのであれば、何も苦労はしないと、アウグストは思わずため息を吐いた。だが……


「依頼するのであれば、ルーメンス商会を介して行うのです」


「ルーメンス商会?……なるほど、それならアリア殿とも北部同盟とも、直接かかわらないから、言い訳は立つか」


 そして、そこにアンドリューが助言する。その調査の結果を見て、華帝国の要求に対して受け入れるか否かを決めてはどうかと。


「はっきり言って、このようなことは汚いとは承知はしているし、何よりアイシャ殿に顔向けができない……」


 だが……それは自分個人の話だとアウグストは切り捨てて、この二人の進言を受け入れた。この国を治める魔王としては、やむを得ない判断だった。

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