第416話 女商人は、古代の英知の一端を垣間見る

「それじゃ……収穫はゼロということですか?」


「いや、そうとも限らないわ。ここを見て」


 シンディはそう言って、日誌のとある記述を指差した。


「あの……わたしたち、読めないんですけど?」


「あ……そういえば、そうだったわね」


 アリアの指摘に苦笑いを浮かべながら、シンディはこの施設の中に試作品と設計図があることを告げた。


「それらのモノに、この研究日誌を付け加えれば、わたしたちの手で完成させることもできるかもしれないということよ」


「ホント!?」


「だから、まずはこの部屋にある研究資料を片っ端から集めて頂戴。流石に、骸骨の隣で解析なんかしたくないわ」


 シンディは冗談めかしくそう言って、二人に協力を求めた。レオナルドの転移魔法を使えば、持ち出さなくてもここの研究所をそのまま使えるかもしれないが、どうやら流石にそれは嫌らしい。


「わかったわ。レオ、手伝って」


「ああ、任せて」


 二人はシンディの指示に従い、部屋の引き出し、あるいは書棚から言われた物を魔法カバンに詰め込んでいく。何が書いてあるのかはわからないので、疑問は抱かずにただ手を動かした。


「ここは大方終わったわね。それじゃ、次に行きましょう」


 時間にしておよそ1時間余り。所長室での作業を終えたことを宣言したシンディは、次に研究所の肝ともいうべき『ラボ』と呼ばれる部屋へと向かう。そこにも白衣を見にまとい、椅子に座る骸骨が5体ほどあった。


 足元には砕け散ったグラス、近くの机には、酒瓶が転がっていたから、最後の瞬間、彼らは酒を酌み交わして死出の旅路へ向かったことが想像できた。しかし、シンディは気にする様子を見せず、作業に取り掛かる。


「設計図はどうやらこれのようね。あとは試作品だけど……」


「もしかして、これじゃないか?」


 隣の部屋を覗いたレオナルドが指をさしたその先にあるのは、箱型の形状をした怪しげな機械のようなもの。だが、シンディは少し確認したうえで首を左右に振った。


「それは、発電機ね」


「発電機?」


 聞き慣れない言葉に、レオナルドのみならずアリアも「なんだろう?」と疑問に思うが、シンディはその発電機と呼ばれる物から出ている紐のようなものを辿って、その先へと歩いていく。そして、さらに隣の部屋へと足を踏み入れると、そこには金属の球が置かれていた。


「どうやら、これが試作品のようね」


「え……?この変哲のない球が?」


 大きさは両手で抱えられるほどで、特段何か特徴がある物ではなかった。しかし、触ろうとしたアリアに、シンディは素手ではくれぐれも触らないように警告した。


「流石に動いてはいないと思うけど、こういうものはまず安全を確かめなければダメよ。じゃないと……最悪、上位の雷魔法を喰らったときと同じダメージを受けるかもしれないから」


「か、雷魔法……しかも上位の?」


 なんでそんなものがこの装置から発射されるのか。意味は理解できないが、そこまで言われてしまえば、アリアも迂闊に触るわけにはいかない。シンディがいいというまで大人しく待つことにした。


「さあ、もういいわよ。やっぱり、この発電機も今となっては壊れているみたいね。触っても大丈夫だから、さっさと回収しましょ。この発電機とケーブルもまとめて」


 時間にして10分余り経過した後にシンディから声を掛けられて、アリアは言われるがままに魔法カバンにそれらのモノを収納した。そして、その他の物品もいくつか回収した後に、この部屋もあとにした。


「さて、次は……」


 こんな感じで、この日の調査は夜通し続けられることになった。ただいまの時刻は午前4時半。それでもシンディはまだまだ元気だった。


「ねえ……流石にそろそろ休みましょうよ」


「そうだよ。もうすぐ朝だよ。いい加減寝させて……」


「寝たいなら、そこにベッドがあるじゃない。いいところだから、邪魔しないで」


「流石に……何千年も洗濯していないベッドにはねぇ……」


 一見、綺麗そうには見えるが、何が湧いているのかわかったものじゃない。


 だが、疲労困憊の二人を他所に、知的好奇心の沼にはまり込んだシンディは、それでもなお、止めようとはしなかった。だから、二人はついに付き合いきれなくなって、離脱することを決意。彼女に気づかれないように、そっと家に転移した。


 誰でも1日36時間、働けるわけではないのだ……。





 











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