第412話 女商人は、帝国の半分を譲る約束をする
「はじめまして。わたしがハルシオンの女王、アリアよ」
「…………」
「ん?どうかしたの。わたしの顔に何かついているのかしら?」
「いや、そこの悪魔の主だと聞いて、どのような化け物かと思っていたら、案外に普通そうだなと……」
「悪魔?」
一体それはどういう意味だろうと思って、アリアはレオナルドを見ると、さっと目を逸らされた。その態度でおおよそのことを悟り、アリアはため息を吐いた。つまり、やり過ぎたということなのだろうと。
ただ、終わったことを今更あれこれ言った所で何も始まらない。せめて、この状況を最大限に利用するべく、アリアは気持ちを切り替えた。
「すでにレオから聞いているとは思うけど、あなたにはわたしに従ってもらいたいの。この状況では、他に選択肢がないと思うけど……いいわよね?」
「ああ……他に選択肢はないからな。わたしは、アンタに従うことにするよ。但し……それがずっと続くかどうかは、アンタの心がけ次第だがな」
「お屋形様!」
この状況でもなお強気の姿勢を崩さないアデーレの態度と言葉に、隣にいるシレンコは思わず咎め立てするような声を上げてしまうが、彼の焦りとは対照的にアリアは好意的に受け止めていた。流石は独眼竜と称えられるだけのことはあると、その度胸に感心して。
(なめてかかると、痛い目に合いそうね。それならば……)
このとき、アリアの胸の内にはいくつもの選択肢があった。その中には、危険だから殺すといった物騒なものもある。あまりにも手に負えないような狂犬であれば、あるいはそうしたかもしれない。ただ……この時の選択は別のものを選んだ。
「アデーラさん。わたしに従ってくれたら、この帝国の半分を譲るわ」
「は、はあ!?」
アリアが選んだのは、えさを与えることだった。しかも、飛びっきり魅力的で大きなもの。流石の独眼竜も度肝を抜かれて、理解が追い付かない。
だが、次第に冷静になって、それから考えたのは、それが絵に描いた餅に過ぎないということだ。帝国の半分どころか、一片の土地すらアリアは持っていないのに、どうやって帝国を平定する気なのか……。
(つまり……このわたしを駒にして使い潰すということか?)
それならば、黙って従う気はないとアデーラは結論付けた。確かに、レオナルドの存在は脅威ではあるが、ここを抜け出しさえすれば、対策を打つことだって可能だと考える。そうなれば、このような小娘に従い続ける必要はないのだ。
だから、この場では従うと誓いながら、他日を期す。……そうこれからの方針を定めようとしていると、それを見抜いたかのように、アリアは1枚の書面をアデーラに差し出した。
「これは?」
「従ってくれたら、そこにある物資を支援するわ。それだけあれば、半分くらいは獲れるわよね?」
その書面には、ハルシオン製の大砲をはじめとする兵器、武具の数々、兵站維持に必要は食料などの物資の目録が記されていた。しかも、その量は半端なものではなく、アリアの本気度が伝わる内容となっていた。
(確かに……これだけの支援を受ければ……)
アデーラの頭の中に、帝国を統一する道筋が思い描かれた。ハルシオンの兵器、武具が優れていることは、先年レヴォ大公が企てたクメール討伐戦争に加わっていて、失った右目が良く知っていた。ゆえに、考えを一転させることにした。
「委細、承知しました。このアデーラ・バルチック、女王陛下のお下知に従うことにします。ですが……最後に一つだけお聞かせいただけないでしょうか?」
「あら?なにかしら?」
「先程お話されていた帝国の半分を譲っていただけるという件ですが、なぜ、わたしにそのようなことを仰ったのですか?わたしを駒にして征服したのちに、陛下自らが直接支配された方が当然ですが……旨味があるのでは?」
それをためらうことなくあっさり譲るというのは、一体どういう意味があるのか。アデーラは気になって訊ねた。
すると、アリアはさも何でもないように、彼女の質問に答える。
「ねえ、アデーラさん。わたしはね、この帝国が欲しいわけじゃないのよ。たけどね、この国が落ち着かないと、わたしがやろうとしていることの邪魔になるのよ。だから、帝国を静かにしたいの」
その手段として、各地で割拠する諸侯を平定して、自分のやることに介入させない政権を樹立する。
「それさえ守ってくれれば、例えあなたがそれ以外のことでわたしに従わなくても別に構わないわ。それでどうかしら?悪い話ではないと思うのだけど……」
もちろん、アデーラに異存はなかった。アリアの手を取り、力になることを約束したのだった。
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