第411話 独眼竜は、瞬く間に蹂躙される

「なに?ユレチュカ家はあくまでも抵抗するというのか」


 ユレチュカ藩に隣接する旧アバーエフ藩の領主館で、独眼竜ことアデーラ・バルチックは、密偵からもたらされた知らせを聞いて、馬鹿にしたように嘲笑った。彼我の戦力差は、子供でも理解できるほど桁違いであり、これで降伏しないのは愚かなことだと。


「一応は、重臣たちを唆して謀反を起させようとしたのですが……」


 そういうのは、先代から仕えてくれている家老のシレンコだ。彼はこの先、帝国中央部に進出するためには、なるべく血を流すことなくこの西部を統一すべきだと、この若い主君に日頃から主張していた。ユレチュカ藩のクーデターも、彼が仕込みである。


「だが……失敗したのだろう?」


「はい。そのとおりでございます」


「ならば、取るべき道は一つしかあるまい。じい、兵を集めよ。明後日には出陣するぞ」


「畏まりました」


 シレンコは、自分の策にはこだわらない。主君が決断したのだから、あとは従うだけだ。早速作業に取り掛かるべく、部屋を後にしようとする。しかし……


 ドゴンっ!!


 ここからは離れてはいるが、そのとき大きな爆発音が聞こえた。


「なんだ?今のは……」


「わかりません。ですが……」


 何かはわからないが……不吉な予感を覚えてシレンコは、予定を変更して音がした方角を見るために櫓に上る。すると、その先には『地獄』が広がっていた。


「こ、これは、一体……」


 館の外についさっきまであった城下町は燃えていて、大勢の人間が……道、広場を問わずに、至る所で串刺しにされているのが見えた。その兵装から、全てバルチック軍の将兵であることがわかるが、その数はおよそ千を下らないだろう。そして、その中をこの館に向かって一人の若い男がゆっくりと近づいてくる。


「何をしているか!一斉射撃だ!!弓でも魔法でも、惜しみなくぶつけろ!!」


「は、はい!」


 このままではまずいことになると判断したシレンコが攻撃を命じたが……全然通じる気配はなかった。男は歩みを止めずにやがて館の扉を破壊した。


(ま、まずい……)


 こうなれば、館内が蹂躙されるのは時間の問題だと考えたシレンコは、主君を逃がさなければならないと考えて、櫓から急いで降りて元来た道を戻って事態を報告した。そのうえで、まずは逃げるようにと説得する。


「馬鹿な!わたしは独眼竜だぞ!敵に背を向けるわけには……」


「お屋形さま!そんなことを言っているような相手ではありません!一刻も早く逃げなければ……」


 さもなくば、帝国統一の夢は本日限りとなるだろう。シレンコは渋るアデーラを必死になって説得した。だが……


「おや、総大将はどうやら、ここにいるようだな」


 その悪魔のような男は、すでに目の前に立っていた。そして、挨拶代わりにとこれまで忠実に仕えてくれた者たちの首を投げつけてきた。アーデラの頭に血が上る。


「おのれ、よくも!」


 脇に置いていた剣を抜き放ち、彼女は男に襲い掛かるが……勝負は一瞬。気がつけば、剣は根元から折られ、自身は仰向けに転がされていた。そして、手際よく拘束された。助けようとしたシレンコと共に。


「は、離せ!わたしを誰だと思っている!」


「あんたが独眼竜さんなんだろ?このあたりで暴れているという」


「だとしたら何なんだ!?」


「いや、そんなに難しい話じゃないんだ。降伏してくれないかな?」


「は……?」


 今、一体何を言われたのか。理解が追い付かずにアデーラは呆けた。この帝国西部で、今や並ぶ者はいないという自分が……どうしてわけもわからない男に降伏しなければならないのか。


「……お屋形様。かくなる上は、やむを得ないかと」


「じい!おまえは一体何を言っておるのだ?」


「では、何ができるのですか?すでに我らは捕らえられたのです。拒否すれば、殺されるだけ。違いますかな?」


 シレンコは自分たちの置かれている状況を正しく理解した上で、男にそのように訊ねる。彼は頷いた。


「ですが……一体、あなたは何者なのですか?その姿からすると、帝国人ではないのでしょう?」


「ああ、そうだ。俺はレオナルドと言ってな、遠く東の……海を隔てた地にあるハルシオン王国を治めるアリア女王の夫だ。それでだ。うちの妻がそこのアンタを連れて来いって言ってるんだ。ちょっと来てくれないかな?」


「え……?」


 突然の指名に、アデーラは言葉を詰まらせた。

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