第410話 女商人は、辺境領主を屈服させる
ハルシオン王国——。
その聞きなじみのない国の名は、先年、レヴォ大公が引き起こしたクメール藩討伐戦争において、帝国軍を打ち破る原動力となった強力な兵器の生産国であったと、ベドジフは噂話の類として耳にしたことがあった。但し、それだけのことである。
どこにあるのか、また、シンディが大国と言ってはいるが、どれほどの強国なのかすら、何も知らないのだ。ゆえに、そんな国の女王がいくらこの領地を守ってくれると言われても、心には響かなかった。響いたのは……レオナルドの圧倒的な『力』の方であった。
(さっきの力があれば……もしかしたら……)
ベドジフが考えたのは、『暗殺』という手段だった。現在、バルチックがいるアバーエフ領からこの領主館に至るまでの間には、木々が多い茂る谷間の道を通らなければならない。そこで奇襲を仕掛けて、レオナルドが大将である彼女を含めて先程の魔法を行使すれば、あるいは勝てるのではないかと。
「あの……それなら、お願いがあるのですが……」
だから、ベドジフは協力を求めようと、今置かれている苦境について説明した。説明したうえで、頭に描いた暗殺計画を打ち明けた。
「あなたなら、できますよね?さっき見せていただいた魔法を使えば……」
「ああ、容易いことだな。だがな、タダというわけにはいかないが……それで構わないか?」
「引き受けていただければ、皇女殿下のご要望通り、遺跡とその周辺の土地はお譲りします。どうか……助けてはいただけないでしょうか?」
ここで、「成功した暁には……」などといった余計なことは言わない。もし、引き受けてもらっても失敗したならば、遺跡もその周辺の土地も独眼竜のモノになるのだ。そして、その時自分はすでに死んでおり、その後の話など知ったことではない。
「……ということだそうだが、アリア……どうする?」
一通り聞いたうえで、レオナルドはアリアに判断を委ねた。だが……彼女の答えはNoだった。ベドジフは落胆の色を隠せずに肩を落としかけるが……
「殺したら、駒にできないでしょ。だから、レオ。その『独眼竜』とかいう女をここに連れてきなさい。わたしが直にお話しするわ」
アリアが思い描いているのは、暗殺などという小さな話ではなかった。この機会に、帝国全土を支配下に置く。そのために、この西部地域で覇を唱えているバルチック家には手駒になってもらいたいとアリアは言った。
「お、おまちください。今、帝国全土を支配下に置く……そう仰られましたか!?」
「そうだけど、なにか?」
「そのようなことか可能なのですか?」
「可能よ。すでに東部はルワール家を中心に恭順していることだし、この西部が従ってくれれば、あとはイヴァンとかいう皇子がいる中央部だけだからね。造作もないことよ」
そして、アリアは改めてレオナルドに命じる。大将のバルチックは必ず生かして自分の前に連れてくるようにと。
「あと、兵士たちはあまり殺さないでね。減り過ぎると、折角大きくなったバルチック軍が使えなくなるからね。くれぐれも、ほどほどにね」
「わかってるよ。要は手加減すればいいのだろ?」
「まあ、そうだけど……」
果たして本当に理解しているのか、少しアリアは不安に感じた。ただ、一瞬間を置いた後に、こうなった以上は任せるしかないと腹を括った。そのうえで、唖然としているベドジフに向き合う。
「成功したら、あなたにも下ってもらうわ。それでいいわよね?」
遺跡近辺の小さな領地をよこせとは言わない。その身も含めた全てを自分に捧げろとアリアはベドジフに言った。そうすれば、命は助けてやると。
「それとも、精一杯抵抗してみる?わたしは別に構わないけど……」
重臣たちの多くが寝返り、あろうことか刃を向けた今、ベドジフに残されているのは、その身一つだけだ。このアリアを相手にするのであれば、勝てるかもしれないが……そんなことが認められるはずもなく、容易にレオナルドに殺される未来が予見できた。
「と、とんでもございません。この、ベドジフ・ユレチュカ。女王陛下のお下知に従います!」
その場で膝を屈して、臣下の礼を取るベドジフにアリアは微笑みを与えるのだった。
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