第409話 女商人は、訪問先の謀反を鎮圧する

「……シンディ皇女だと?」


「あの気狂い皇女か?本物か?」


 ユレチュカ藩の領主館に降り立ったアリアたちを囲む連中から、そのような声が漏れ聞こえ、輪が広がるようにざわめきは周囲へ伝染していった。ただ……だからといって、向けられた武器が下げられることはなかったが。


「ええい、何をしているか!皇女だろうと、最早なんの意味もない存在だ!ためらうな!今すぐ討ち取れぇ!!」


 そして、ようやく状況を整理できたのだろう。重臣の誰かが叫ぶと、兵士たちは敵意を向けて動き出した。すなわち、アリアたち邪魔者を殺すために。


「ちょ、ちょっと待ってよ。わたしたちは、ここの藩主と少しお話がしたいだけで……」


「問答無用だ!かかれ!」


 アリアはなるべくなら穏便に話をしようと思ったが、これではどうにもならない。


「仕方ないわね。レオ、やっちゃって頂戴♡」


「心得た」


 ため息交じりで命じたアリアの言葉に頷き、レオナルドは早速、【睡眠魔法】を唱えた。すると、この中庭に居た者たちは誰一人例外なく、その場に倒れては寝息を立て始めた。


「な……なにが起こった?」


 その数は50人を超えていた。理解が追い付かずにバプカは声を漏らすと、レオナルドは言う。「邪魔だから、眠ってもらった」と。


 そして、次の瞬間座敷に上がり込んでは、様子を確認した。見れば、上座に居る自分と同じくらいの歳の青年が剣を振るい、取り囲んでいる連中と切り結んでいるような雰囲気だった。


「確認するけど……藩主はそちらの人だよな?」


 返り血で衣服を赤く染めていた上座の男を指差してレオナルドが問うと、ベドジフは「そうだ」と答えた。すると、レオナルドはニッコリ笑って言い放つ。


「なら、あとの奴は眠ってもらうとしよう」


 先程と同じように強力な【睡眠魔法】を唱えると、バプカを含めてこの場にいる者たちすべてがその場に倒れて沈黙した。そのうえで、中庭に居る者たちも含めて、目覚めても動けないようにと【拘束魔法】をかけておく。


「こいつら、反逆者なんだろ?」


 レオナルドの言葉に、ベドジフは頷いた。そこに、今度はアリアとシンディが駆け寄ってくる。ベドジフは慌てて剣を仕舞い、シンディに向かって膝をついた。


「お久しぶりです、皇女殿下。醜態をお見せすることになり、申し訳ありません」


「いや……別にそのことは構わないのだけど……」


 どうして彼がこのように恭しく応対してくれるのか、シンディは理解できずに首をかしげた。幼少期からも左程の接点もなかったのだから。


 すると、彼女の想いを理解したのだろう。ベドジフは笑いながら答えた。ご存じないかと存じますがと前置きして。


「あなたは、我々世代の……若手貴族たちの間では憧れだったのですよ。天才でありながら、例え皇帝陛下を相手にしても自分の信念を曲げず、常にあるのは民の暮らしを豊かにすることだけ……」


 古代文明の技術を研究していたのは、民の暮らしを少しでも便利なものにしようという志。そのことは、父親や兄弟たちには理解されなかったが、開明的な思想を持つ若手貴族たちは密かに応援していたとベドジフは言った。そして、夫となったクサヴェルも……。


「もちろん、御父君や兄君の手前、公然とそのことを示すわけにはいきませんでしたが、今でもそれなりの諸侯があなたを支持しています。ですので……もし、その気があるのでしたら……」


 女帝として立つ気があるのであれば、全面的に支援するとベドジフは言った。しかし……シンディは一笑に付した。


「な、なにか?」


「そりゃ、無理な話だろ。現にこのような反乱を起こされているのだから、あんたは相当追い詰められているはずだ。今の女帝云々も、挽回するための策の一つだろ?しかも、左程も勝算もない思い付きレベルの話だ。違うのかい?」


「そ、それは……」


 言葉を詰まらせたベドジフを見て、シンディはやはりと確信した。先程の話は、本当なのかもしれないし、そうでないかもしれない。しかし、確実なのは、今、この男は自分を利用しようとしたことだ。怒りはないが、それなら遠慮なく利用するだけだと話を切り出した。


「そんな小細工しなくても、この領地はわたしたちが守ってやるよ。だから、その代わりにこの町から北西へ20キロほど行くとクラレツ山があるだろ?」


「ええ……確かその先の谷に古代の遺跡が……」


 その言葉にシンディは目を細めた。知らないと思っていたが、どうやら知っているらしい。渋られるかもしれないが、ひるまずに続ける。


「それなら話は早いわ。そこの遺跡一帯の土地をわたしにくれない?」


 そうすれば、この領地の安寧はハルシオンの武力によって保障する。そう言いながら、シンディは改めてアリアたちを紹介した。大国ハルシオンの女王と……その伴侶であり強力な魔法使いであるとして。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る