第408話 現地領主は、家臣に背かれる
帝都崩壊から始まった混乱は、未だ収拾の兆しを見せず、ここ西部地域を飲み込もうとしている。それは、アリアたちの話題に上がった遺跡がある地を支配するユレチュカ藩も無縁ではない。
「お屋形様。バルチック藩から使者が……」
「どうせ、服従せよというのだろ?追い返せ」
そして、この辺りは今、独眼竜と呼ばれるアデーラ・バルチックという女傑が瞬く間に近隣に勢力を拡大。その覇権を確立しようとしていた。ユレチュカ藩もこのあたりではそれなりの力を持つ藩であったが……今となってはその力の差は広がり、進退窮まっていた。
それでも、当主ベドジフは屈するのをいさぎよしとしなかった。三代皇帝の四男を祖にもつ名門の意地にかけて、すでに腹を括っている。だが……
「お、お待ちください。このまま戦って勝てる相手ではありませぬぞ」
「そうですぞ。お気持ちはわかりますが……どうかお考え直し下さい」
この広間に集まっている重臣たちは、ベドジフとは異なる考えを持っていた。彼らは、領民の安寧をまず考えるべきだと声を上げる。それこそが、名門たるユレチュカ家の……最後の当主がとるべき唯一の道だとして。
だが、その心の奥底にあるのは、自身の保身。だから、ベドジフも頷かない。
「お主らはそんなに死ぬのが怖いのか?いずれも我が祖先の下で命を惜しまずに働いてくれた英雄たちの志を受け継いでくれておると思っておったが……それは、余の思い違いか?」
「恐れながら……命を惜しんで申しているのではありません。民の安寧を護ることこそが、ご先祖様のご遺志だと申し上げておるのです。ですので、どうか降伏を!」
筆頭家老のバプカがずいっと前に出て進言すると、背後にいた重臣たちも一斉にベドジフの方に顔と体を向けて頭を下げた。数日前まで徹底抗戦を叫んでいた者たちは、バプカたちが主導して予めこの席から排除していたため、異を唱える者は誰もいない。
「黙れ……この不忠者が」
ベドジフは悔しさを滲ませて、声を震わせて言葉を吐き出した。そのうえで、この後に待つ自分の末路を悟り、せめてもの抵抗といわんばかりに脇に置いていた剣を握ると一気に抜いた。
すると、やはりというか……この部屋に武装した兵士たちが左右の扉から押し入ってきた。
「お屋形様……無念でございますぞ」
先頭に立つバプカがそう告げてきたが、何が無念なものなのかとベドジフは思う。どいつもこいつも、自分の首を手土産に新しい主の下で栄達を夢見ているのだろう。口角が上がり、にやけている者もいた。
(愚かな……)
そんな連中を見て、ベドジフは滑稽に思った。あの独眼竜がそんな甘い女ではあるまいにと。ノコノコ首を持って降参したとて、次の戦いで使い潰されるか、あるいは不忠者はいらぬと言って、始末されるか二者択一だろうと。
「皆の者!これは領民の安寧を護るために行う義挙だ!ためらうな!討ち取れぇ!」
「「「おう!」」」
だが、そのことを伝えてやる義理はない。ベドジフは気持ちを切り替えて、迫りくる敵に剣を振るい、一人、また一人と斬り伏せていく。手に持つ剣は、代々の当主に受け継がれてきた家宝と呼ばれるに相応しい名刀。
(まさか、このような形で使うことになるとはな……)
あまりもの切れ味の素晴らしさにベドジフは心を震わせながら、子供の頃に触ろうとして父親に叱られたことを思い出して笑う。
(傷がついたらどうするのだ……か。そんなこともあったな……)
懐かしい父の顔が脳裏に浮かび、そのことで自分の人生が終わりに近づいていることをベドジフは悟る。名刀は切れ味を維持したままだが、体力の方がすでにつきかけていた。じきに討ち取られるだろうと覚悟した。
「あら?お取込み中かしら?」
すると、そのときだった。この場の空気にそぐわない間の抜けた女性の声が中庭の方から聞こえたのは。
「誰だ!」
そう言ったのはベドジフではなく、家臣の誰かだった。だが……その女性の側にいる別の女性は、ベドジフが知る人だった。
「あ、あなたは……シンディ皇女殿下」
なぜ、彼女がここに現れたのかは理解できない。しかし、彼女は紛れもなくそこにいた。それが救いの神になるのか、疫病神になるのか。このときのベドジフは知る由もない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます