第405話 女商人は、魔国の異変を知る
「「あっ!お姉さま」」
ハルシオンの王宮はアリアの執務室。ポトスから転移した彼女らをアイシャとルーナがそろって出迎えた。但し、いつもとは異なり、何やら不安げな表情をしていた。
「二人とも、どうしたの?」
だから、一体何事かと思ってアリアが問いかけると、二人は一度顔を見合せたうえで、まずはアイシャが話を切り出した。
「実は、アウグスト様から手紙が届いたのですが……」
そこには、「東の果てにある華帝国という国が古代兵器を用いて世界征服を企んでいる」などという突拍子もないようで軽視できない話が記されていたと、アイシャは言った。
「華帝国?」
しかし、全く聞き覚えのない国の名前にアリアは首をかしげた。すると、今度はルーナが「大山脈の東にかつてあった煌帝国の後継国家のようだ」と説明した。そして、バシリオから預かったと献上された取扱説明書なる冊子をアリアに手渡した。
「連中は、そのようなものを使って世界の半分を取りに来るようです」
「世界の半分?それはまた剛毅な話よね」
そう言いながら、初めは呆れつつ冊子のページをめくっていったアリアであったが、その表情は次第に深刻な物へと変わっていった。ここにある『動く鉄の箱』なる兵器を戦争で用いられたら、精強を誇るハルシオン軍をもってしても、勝ち筋は全く見えなかった。
「お姉さま。これは由々しき事態です。早急にこれと同等のモノ、いやそれ以上のモノを開発しなければ。シーロさんを至急呼び戻し、研究所の総力を挙げて……」
「待って」
「はい?」
今にも行動に移すべく飛び出そうとしたルーナをアリアは止めた。そして、何故止めるのかと見つめる彼女に、そんなことをしても無駄だと言った。
「おそらく……いや、これは間違いないと思うけど、その華帝国にはこれ以上の兵器があるわ。そうじゃないと、ここまで精巧に書かれているものを安易に渡したりしないわ」
だから、対抗するには別の手を考えなければならない。ただ、そうなると気になるのは魔国の協力が得られるかどうかだ。
「ねえ、アイシャ。アウグスト陛下からの手紙には他に何か書いていなかった?」
「魔国は中立を保てば、侵略はされないと。それゆえに、国論が別れてしまい、アウグスト様も身動きが取れなくなっているようです」
そして、中立を唱える連中は、北部同盟と締結した条約すらも破棄するべきだとも主張していると話す。もちろん、魔王アウグストは今の所はそのような意見を退けているが……
「結局は、魔国としては中立的な立ち位置にならざるを得ないということね。だから、せめてもの詫びにこのような冊子を送ってきたというわけか……。ルーナ、そういうことなんでしょ?」
「はい、そのとおりです。バシリオさん自身は、いざとなったら大使を辞めてでもお姉さまに味方すると言ってましたが……魔王様はそうはいかないからと」
魔王アウグストは君主なのである。個人的な想いはあるだろうが、優先すべきなのは国家の安寧だ。ゆえに、この先の情勢の変化によっては、涙を呑んで……ということだってあり得ない話ではない。
「つまり、当てにすることはできないか……」
今回の情報提供とて、場合によっては中立を破ったとみなされる可能性もあるのだ。共に対応策を協議したいところではあるが、それが困難な情勢であることをアリアは理解した。
「それならば……仮に侵略行動に連中が出た場合、どう対抗するかだけど……」
アリアは一度目を瞑ったのちに、腹を決めてからその言葉を口にした。即ち、「目には目を歯には歯を」だと。
「最早、きれいごとを言っている場合じゃないわ。わたしたちも古代兵器を手に入れましょう。ルーナ、確か詳しい人が居たわよね」
「はい、シンディさんが……」
「それなら、至急相談したいから、段取りを進めてくれる?あと、アイシャは今まで以上に熱い愛の言葉をつづって、アウグスト陛下に送りなさい」
「あ、愛の……こ、言葉です…か?」
アイシャは顔を真っ赤にして、流石にそれは恥ずかしいと拒もうとした。……が、腹を括ったアリアはそれを許さない。
「もし、アウグスト陛下が完全にわたしたちと手切れを選んで、さらにあちらに味方するような事態になれば、もっとまずい状態になるわ。だから、彼を確実に引き留めるためには、あなたの想いが……愛の力が必要なのよ。お願い!協力して」
「は、はい……精一杯、務めさせていただきます……」
その真剣な眼差し、迫力に押されて、アイシャはそれ以外の答えを言い出すことができなかった。但し……このあとルーナが提案し、アリアが賛成した『使用済みのパンツ』を送る話は、全力で拒否したが。
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