第404話 女商人は、読み誤る

「ねえ、ディーノ」


「なんでしょうか」


「やっぱり、今のあれも、あなたが言うようにオリヴェーロの仕業と見ていいのかしらねぇ……」


 コペルティーニ公爵が帰ると、秘書の振りをして同席させていたディーノに、アリアは確認するように訊ねた。すると、彼は「おそらく」と言って、その考えを肯定する。


「ヤツが一昨日に総督府に赴いていることはこの目で見ましたからね。タイミングを考えれば、そう考えるのが妥当だと思います」


「しかし……一体何がしたいのかしら?確かにこれでカルボネラ商会は一層ガタガタになるけど、そうしなくても乗っ取り工作は順調に進んでいたわ。なのに……こんなことされたら、余計な時間がかかるだけじゃない!」


 少し苛立ちを覚えて、アリアの語気は自然と荒くなる。もし、このようなことが起こらなければ、明日か明後日にでもカルボネラ商会に乗り込んで、レベッカを会頭の座から引きずりおろす算段になっていたのだ。


「それについては……少々、気になることが」


「気になること?」


「はい。どうやら、オリヴェーロの商会に怪しげな身なりの男が出入りしているようで……」


 ディーノの手の者は、オリヴェーロ商会にも潜りこませてあった。その者からの報告では、オリヴェーロがアリアの元にやってくる前に日にも会頭室に姿を見せていたということだった。


「それは一体……」


「そこまではわかりません。その者が言うには、黒髪で見たことにない衣装を身にまとっていたとかで……」


 それは、呂範のことを言っているのだが、華帝国の存在を知らない二人にはそれがどういう存在なのか理解できるはずもなく、首をかしげるだけだった。


「でも……ひっかかるわね」


「はい。もしかすると、その者がこの一連の企みを主導している可能性もあり得るかと……」


「ただ……そうなると、一体何者なのか。気になるわね」


 アリアはそう言って、様々な可能性を考える。その一つとして思い浮かんだのは、アルカ帝国の残党勢力の存在。帝国人の中には、黒い髪をもつ者たちが一定数おり、オランジバーク郊外の入植地にも姿は確認されている……。


「あり得ない話ではありませぬな。イヴァン皇帝の勢力は、我が方についた東部諸侯らに徐々に切り崩されて劣勢の様ですし……」


 起死回生の一手で、アリアの計画を妨害することによって、介入の力を弱めようと企むことは十分考えられるとディーノは言った。加えて言うならば、オリヴェーロは帝国諸侯の一部と独自にルートを持っている形跡があるとも。


「もし、それが事実だとするならば、次に連中が打ってくる手は……」


「わたしの暗殺ね。そうすれば、北部同盟は大混乱。帝国への介入どころじゃなくなるか」


「はい。その隙を突けば、帝国の再統一も、場合によっては北部同盟領域の征服も決して夢物語だとは言えなくなりますな」


 ゆえに、ディーノは進言する。身辺には十分に気を付けられるようにと。


「いずれにしても、カルボネラ商会の件は、捜査が終わるまではどうすることもできますまい。それならば、ハルシオンに戻られておくというのも……」


「それは……わたしに逃げろと?」


 アリアはムッとしたような表情で、不快感を示した。自分の辞書には「逃げる」という文字はないと言いたげである。しかし、ディーノは怯まない。


「はい。そうして頂くのが一番よろしいかと。逃げたくないというお気持ちはよくわかりますが……」


 ここでディーノは事情を説明した。要するに、アリアを守るだけの人員が足りないということを。


「もちろん、レオナルドさんの滅茶苦茶な強さは承知しておりますが……今回の敵は我らの知識の外にある存在です。念には念を入れていただきたい、これが我らの願いです」


 だから、ここはクロエや自分にまかせて、念のために避難してもらいたいとディーノは言った。そして……流石のアリアも、ここまで合理的な理由を並べられると、進言を無視するわけにはいかない。


「わかったわよ。ひとまずは、ハルシオンに戻るわ」


 そう言って、部屋の隅に居たレオナルドを手招きした。善は急げというように、早速転移するためだ。


「それじゃ、何か動きがあったらクロエに言ってね。必ず駆けつけるから」


「承知しました」


「クロエも……毎日レオをこちらによこすから、そのときにディーノから言伝があれば……」


「わかっておりますわ。必ずお伝えするようにします」


「きっとよ」


 その態度は、まるで仲間外れにされて不貞腐れている子供の様で、ディーノもクロエも思わず吹き出しそうになった。しかし、アリアはそんな二人の心のうちに気づくことはなく、レオナルドと共にこの場から姿を消したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る