第402話 哀れな小娘は、罪をでっちあげられる

「なんですって!?襲撃に失敗したってどういうことよ!!」


 カルボネラ商会の会頭室。ここで幹部たちが項垂れている中、レベッカの甲高い声が響き渡った。但し、その知らせの入手自体、オリヴェーロと比べて10日以上遅い。


「ねえ、説明して頂戴。十分な数を揃えていたはずよね。礼金も前払いでたんまり弾んでいたわよね。それなのに失敗した?なんで?どうやったら、そんな間抜けなことになるの?」


「連中の船は、風に影響されずにスイスイ進めるのに対して、我が方の船は……」


「……蒸気機関ね」


 かつての恋人の顔が浮かんだのか、あるいはアリアよりも先に触れる機会があったというのに見過ごした後悔なのか。いずれにしても、レベッカは忌々し気に吐き捨てた。


「でも、数は圧倒していたんでしょ?だったら、包囲して一斉射撃で沈めたら……」


「残念ながら、旗艦と思しき船に……強力な主砲が備え付けられていまして……」


「それにやられたの!?」


「他にも、大砲の射程距離自体が……比べるまでもなく向こうの方が優れていまして……」


「もういいわ!とにかく、戦果は何もなく、一方的に惨敗したということね!だらしがない!!」


 レベッカは苛立ちを抑えきれずに語気を荒げて、話をそうやって強制的に打ち切った。そして、目障りだと言って目の前で項垂れるだけで黙り込んでしまった幹部たちを全員下がらせた。


「ふぅ……悔しいったらありゃしないわ」


 イスに深く腰掛けて、長年父が使っていたこの机の上を見つめながら、レベッカは独り言ちた。だけど、終わったことに拘り続けても、何も利益を産まないことは知っていた。ゆえに、これからどうするべきなのかを考える。


(今、あの女がやられて一番困ることは……)


 ブラス商会の独立についても、上手く行かなかったと先日耳にしていた。そうなると、ポトスでやれることはあまり残っていない。レベッカはポトス以外に視野の範囲を広げて考えた。


(そういえば、どうしてあの女はルーメンス商会だなんて、ダミーの商会を作ったのかしら?)


 ようやく、アリアの急所に気づき、それならば、ハルシオン王国内に「女王は魔国と密かに手を結んだ」という情報を広めればいいと結論付けた。


「上手く行けば、革命が起こるかもしれないわね。あの王宮前広場で、泣き叫びながら首が落ちる哀れな女王……。そうだわ。最初っから、これでいけばよかったのよ!」


 その会心のアイデアは、実のところアリアを追い落とすには、最も効果的な作戦であった。但し、あくまで最初に実行していたらの話である。


 ハルシオン王国では、ダイヤの首飾り事件以降、正教会に対する国民の信頼は著しく低下し、その反面、適切に人を動かして対処したアリア女王の人気はうなぎ上りになっていた。今の時点でレベッカが思いついた作戦を行動に移したとしても、必ずしも上手く行くとは限らない。


 加えて……実行するだけの時間も、残念ながらレベッカには残されていなかった。


「ん?なにか騒々しいわね」


 室外から聞こえてくる喧騒。その音は次第に大きくなってきて、レベッカは「なんだろう?」といぶかしんだ。だが、そうしている間にも音はより大きくなっていき……


「お待ちください!会頭に許可を得てから……」


「邪魔をすると逮捕するぞ!そこをどきなさい」


 制止しようとした秘書の声と穏やかではない男性の声が聞こえて、やがて扉は開かれた。 すると、先頭の男性と、その後にぞろぞろと男女10人程度の……異様な団体がレベッカのいる会頭室に押し入ってきた。


「な、なに……?」


 その一連の様子に恐怖を感じてレベッカは戸惑っていると、先頭の男性が一枚の書面を顔の前に突き付けた。そして、暗記しているのだろう。その内容を宣告した。


「レベッカ・カルボネラ会頭ですな。国家反逆容疑、並びに総督閣下への詐欺容疑で逮捕します。今日は9月25日。時刻は、11時22分……」


 同時に手首には手錠がガチャリとはめられて、左右を連れてきた女性二人に挟まれるように固められた。だが、レベッカには宣告された罪に心当たりはなかった。


「ちょ、ちょっと待ってよ!なんで、わたしが反逆罪に問われるのよ!」


 大声を上げて、周りに抗議するが……誰も助けてくれる者は現れることなく、会頭室から連れ出されていった。そのうえで、捜査官の一人が手際よく一通の手紙を机の引き出しに入れる。そして……


「警視!見てください。ここに計画書のようなものが!」


「なんだと!見せてみろ」


 ……まさに茶番劇である。その手紙には、ハルシオンとオルセイヤの両国を争わせることで利益を得るための道筋が書かれていた。当然、でっちあげである。

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