第382話 女商人は、復帰する?
「アリアさん、お帰りなさい!」
11月5日。予定よりは少し遅れたが、アリアはオランジバークの商会本店に姿を見せた。腕には目がクリっとしたかわいい赤ちゃんを抱いている。レティシア王女だ。
「ごめんなさいな。本当は予定日よりも早く復帰したかったんだけど、メアリー先生が許可を出してくれなくて……」
アリアは苦笑しながら、開口一番ルーナたちに詫びた。こんな大変な時期に申し訳なかったと。しかし、ルーナもアンもこれを受け取らない。
「いやいや、本当ならもっとかかるでしょ。無理してないですか?」
「そうですよ。少し顔色が悪いような……。まだ休まれた方が本当はよかったんじゃ?」
二人は心配の方が先に立って、仕事の方は気にしなくても問題ないからと言った。もちろん、それで「わかった」というようなら、昨夜メアリー先生と言い争いにはなっていない。
「大丈夫よ。わたしの元気の源は仕事だから、やっているうちに調整はつくわ」
結局そう言って、二人を黙らせてしまった。そして、レティシアをレオナルドに預けて、そのまま本題に入っていく。
「留守の間のことは、手紙で教えてもらったけど……今はどのようになってるの?」
それはつまり、アルカ帝国の事である。察してルーナが答えた。
「消失した帝都周辺で無事だった地域は、生き残ったイヴァン皇子を新皇帝に擁立して帝国の再建を目指していますが……従っている諸侯の数は30有余。他の諸侯は事実上独立状態で、一部では内戦が始まっています」
「そう……やはり、そうなったのね」
アリアは、少し悲しげな表情で言葉を返した。きっかけは、自分がルワール藩にハルシオンの武器を売ったことにあるのだ。もちろん、それが帝都を消滅させる結果に繋がるとは思っていなかったが……責任の一端は感じていた。
「……それで、北部同盟内に流入している難民の数は?」
「オランジバーク郊外の入植地にすでに10万人。その他、各部族で受け入れたとされている数がトータルで1万余。ただし、国境を超える人の列はまだまだ減る気配をみせていないようなので、少なくとも当初予期していた100万人は超えるのではないかと思われます」
今度はルーナに代わってアンが答えた。ゆえに、追加の物資を準備しておいた方がよいのではないかと。アリアはこれを裁可した。
「ただ……無制限にこの先も受け入れを続ければ、早晩にも同盟の財政は崩壊するし、食料も不足する事態になるわね。まずは、内戦を止めるわよ」
アリアはそう言って、魔法カバンから帝国全土の地図を取り出してテーブルの上に広げた。それは以前、ジャラール族のラウスから借りた地図を写したものだった。
「帝都ネバラスカは、帝国領のほぼ中央部にあったから、消失したのはこのあたりで……」
アリアはルーナに間違いないかを確認しながら、地図に色を付けていく。次に新皇帝に従う諸侯は別の色に変えて。
「東側は流石に遠いから、この国に流入している難民たちは、帝都近郊か西部の出身だと思うわ。だからこの際、帝国東部の諸侯を同盟に参加させるのよ」
「同盟にですか!?」
「そうよ。ルーナちゃんの実家のように大きな藩なら、戦う力はあるかもしれないけど、小さい藩はそうはいかないわよね。だったら、誘ったら応じるんじゃないかと思うわ。そして、同盟に加わった藩は、ハルシオンの兵器を供与する……」
すでにその実力の程は、レヴォ大公が派遣した征討軍を少数で返り討ちにしたので折り紙付きだ。そうなれば、同盟への加入の流れは小さな藩から始まり、いずれ大藩といえども飲み込むことになるだろう。
即ち、同盟による帝国東部の併合。これで内戦は収まるとアリアは言う。
「それならば、お姉さま。手始めにうちの実家を説得してきます。その方がインパクトは大きいかと思いますので」
父親からの手紙では、ルワール藩も「座して死ぬわけにはいかない」と、近々周辺諸侯の領地に攻め込んでは勢力の拡大を始めるとあった。どうしようかと考えていたので、渡りに船である。そして、それはアリアにとっても都合が良い。
大藩であるルワール藩が率先してくれれば、小さな藩はより加入しやすくなるだろう。
「わかったわ。それならご実家の説得はルーナちゃんにお任せするわね。あとは……あれ?えぇ…と……」
「アリア!?」
突然様子がおかしくなったのを見て、レオナルドが慌てて駆け寄り、ふらつきだした彼女を支えた。レティシアをその腕に抱いたままだったが、器用にこなす。
「レオ……?」
「だから言っただろうが!メアリー先生が『まだ早い』って言うんだから、従った方がいいって!!」
つまり、どうやらアリアは医者が止めるのを振り切って仕事復帰を強行したのだ。そういう事情を理解して、ルーナもアンも呆れたようにそのままハルシオンへ転移していく3人を見送った。ただ、方針が示されたのだからと、二人は動き出した。
「わたしは、実家に一度帰って今の話をしてくるわ」
「それじゃ、わたしはマルスさんに今の話をして、政府の協力を取り付けてくるわ」
特に何も問題はない。自信をつけた二人に迷いはなかった。要は、昨日までと同じように、自分たちの判断で進めていけばいいのだからと。
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