第381話 魔女は、転移の指輪を口止め料に
そこは、特に変哲のない普通の宿屋とほとんど同じ造り。違うのは、ベッドが大きいこととお風呂が広く、部屋から全てが見えるようにガラス張りになっているくらいだろう。ただ、枕元には避妊具がその他エチケット用品と共に置かれていた。その数は2つ……。
「「いやーーーー!!!!」」
つまり、全員強制参加だと一人分足りないので、どちらかが避妊具なしでオズワルドといたすことになるというのだ。ルーナとミーナは青ざめ、叫び声を上げて逃げようとした。なんで、好きでもない男の子供を宿さなければならないのだという思いを共有して。
しかし、部屋の鍵は外から掛けられていて明朝まで開かない仕組みだ。さらに言えば、防音対策もきっちり整っていて、いくら泣きわめいても外には聞こえない。
「わ、わたし、彼氏いるから……あんたが最後の一人になりなさいよ!」
「はあ!?なんでよ!わたしは聖職者なのよ。無理に決まってるじゃない!あっ……今、神託があったわ!神様はあなたにそこのおっさんの子が宿ることを望んでいるわ。だから、諦めなさいよ!」
「噓をつくな!この似非シスターが!!わたし、知ってるんだからね。あんたがシスターに隠れて読んでいる『聖典』ってやつの正体を。だから、バラされたくなかったら、その身を生贄に捧げる事ね!」
「な、なにをいってるのかな?そういうあんたこそ、元々ファザコンでおっさんが趣味なんだから、別にいいじゃん!加齢臭だってそんなに変わらないはずよ。予行練習だと思って、ヤられなさいよ!!」
最後の一人になろうがなるまいが、オズワルドに抱かれることを前提で話しているということに気づくことなく、二人の醜い争いは白熱していた。すると、堪りかねたシンディはそんな二人に怒鳴る。
「ああ、もううるさい!誰も4人で抱き合うなんて言ってないでしょ!!」
「「はぅっ!?」」
さらにゲンコツが頭上に落とされて、ルーナとミーナはその痛さのあまり、ようやく静かになった。一方、加齢臭を言われたオズワルドは一人部屋の隅で自分の臭いを嗅いでいるが、そこは放置された。
「それで、何かわたしたちに話があったんじゃないの?」
「え……?」
「だって、さっきの公園から追って来てたじゃない。だから、こうして誰にも聞かれない場所に連れてきたんだけど……違ったかしら?」
シンディは、こうしてラブホテルに入ったのは、あくまで話をじっくり聞くための方便だったと告げた。自分たちに用があるとすれば、研究の事だろうと推測して。
ただ、ミーナは首をかしげた。
「その割には驚いていたような……」
「それも演技よ。ミーナちゃんと言ったかしら?それくらいできないと、大人の女性とは言えないわよ。覚えておくことね?」
「は、はい……」
実のところは、演技でも何でもなかったのだが、こうしてミーナは半ば強引に丸め込まれて沈黙した。すると、代わってルーナが要件をシンディに告げた。
「実は……転移魔法の効果を持つ魔道具を作れないかと、相談しようと思ったのです。もしかしたら、古代にそのようなものがあったんじゃないかと……」
「転移魔法?……ああ、一瞬で遠い場所に移動できる魔法ね。それで、そんな効果をもつ魔道具が古代にあったのかと?そうねぇ……」
シンディは少し考えたような仕草を見せたが、すぐにそれもやめてしまった。それを見てルーナは「ダメか」と思って口を開く。
「あははは……そんな都合のいいモノがあるわけないですよね。すみません、変なことを聞いて……」
「あるわよ。……っていうか、再現済みだけど欲しい?」
「え……?」
シンディの思わぬ回答に、ルーナは戸惑い言葉を詰まらせた。だが、そうしている間にも魔法カバンから一つの指輪が取り出されて、シンディはルーナに見せつけた。
「これはね、古代人が日常生活で当たり前のように使っていた『転移の指輪』を再現したものよ。レベルは3だから、使用回数と距離は無制限。但し、一緒に転移できる人数は3人までで転移可能場所は3カ所まで登録できないから、決して万能とまでは言えないけど……」
作ることが目的だったから、欲しければあげるとシンディは言った。ちなみにだが、転移可能場所の登録は、1カ月ごとに変更することは可能だと付け足して。
「あ、ありがとうございます……」
ルーナはそれを恐る恐る受け取った。本当に貰っていいのかと思いながらも、断る選択肢はない。すると、そんな彼女にシンディは一つだけ釘をさした。
「但し、わたしはその1個以外は作る気はないからね。大量に作って儲けようだなんて思わないことよ」
「え……?それは……」
「だって、そんなもんが世界中にあふれてみなさいよ。犯罪天国になるでしょ。……仮にどこかの国の王を殺して、そのアイテムで逃げる。アジトを包囲されてもまた逃げる。捕まえられるかしら?捕まらなかったら、他の奴もよく似たことをし始める。そうなれば……」
どこの国もその秩序はあっという間に崩壊してしまうだろう。それは大国であるハルシオン王国であっても例外ではない。彼女の言うとおり、とてもじゃないが安易に売っていいモノではないことをルーナは理解した。また、秘匿しなければいけないということも。
「重ね重ね、ありがとうございます」
ルーナは今度こそ心の底から感謝して、ミーナの手を掴むと早速指輪を起動させて転移した。行き先は、イザベラの教会だ。すでに門限を過ぎているため、一緒にイザベラに謝らなければならないのだ。そして、この場にはシンディとオズワルドが残る。
「ふふふ、ようやく邪魔者は行ったわね」
シンディはそう妖艶に笑った。思わぬ場面を目撃されて、一時はどうなるのかと思っていたが、指輪一つで口を封じたのだから、安いものだと思っていた。何しろ、このことが公になれば、彼女にとってもあまり都合の良い話ではなかったりする。
(一応、体面的には夫を失ったばかりだからねぇ……)
この地には帝国からの避難民が日に日に増えているのだ。そんな連中に知られて騒がれるのだけは、御免蒙りたいと言うのが本心だ。まあ、彼らにしても生き残りの皇女がそんな乱れた生活を送っていることなど知りたくもないだろうが。
ただ、だからといって一度火がついたこの想いに蓋をするつもりもなく……
「あ……」
今日も二人は愛し合った。やはり、この部屋に来てやることといえば、一つしかなかったのだ。枕元の避妊具は封を切らずにそのままで……。
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