第380話 お姫様は、見てはいけないものを目撃して

 転移魔法の代わりとなる魔道具を手に入れる——。


 そう言って、意気込んでオランジバークの魔道具店、アンティークショップ、質屋などを片っ端から巡ったルーナとミーナは、結局見つけることができず、疲れ切った体を公園のブランコに預けて、夜空に輝く月を眺めていた。すでに時刻は夜の8時を回っていた。


「まあ……そんな便利なものがあったら、そもそも転移魔法を使える人が重宝されるわけはないよね……」


「そりゃそうだ……今にして思えば、時間を無駄にしたわね……」


 二人は同時にため息を吐いて項垂れた。そして、ミーナは思う。「きっと、今頃イザベラさんは怒っているだろうな」と。頼まれていた掃除をさぼって、ルーナの魔道具探しに付き合ったのだ。帰れば、懺悔室直行だ。


「それについては、ごめんね。わたしも一緒に謝るわ」


「そうしてくれると助かる。こんなにへとへとなのに、ごはん抜きにされたら、わたしでも余裕で死ねるから」


 一食くらい食べなくても人は死ぬことはない。だが、ミーナは大袈裟に言って、場を和まそうとした。解決策が見つからなかった以上、最早励ますくらいしか方法はないと。


「あれ?」


 すると、突然ルーナが不思議そうな顔をして言葉を零した。


「どうしたの?」


「いや……あそこの二人、シンディさんとオズワルドさんじゃないかと思って。珍しい組み合わせだからつい……」


 ルーナが指をさして言ったその先に居る男女二人。ミーナは何れとも面識はないが、名前だけは知っている。ルーナから聞いていた話では、どちらも凄い発明家だと。


「あ……!それなら、もしかすると……」


「どうしたの?」


「確か、その二人って発明家だったわよね。とても優秀な」


 うろ覚えであったため、間違いないかとミーナは訊ねた。


「そうよ。オズワルドさんは蒸気機関を発明した人で、シンディさんは古代文明の研究家で、昔のアイテムを再現しようとしているわ……えっ!?もしかして……」


 そして、ルーナも彼女が言わんとすることを理解する。


「ないなら作ってもらえばいいのよ。それに、もしかしたら古代の滅びた世界には、転移することができるアイテムがあったかもしれないし……」


 それならば、シンディに聞けば、再現しようという話になるかもしれない。だから、まずは話を聞いてもらおうと、ミーナはルーナを誘って二人の後を追うことにした。


「それにしても、どこに行こうとしてるんだろ……もしかして、デート?」


「それはないと思うわ。オズワルドさんは好きな人がいるし……」


 振られちゃったけど、その未練はかなりなものだと聞き及んでいる。半ば、仕事を放棄して、飲みまくっては元カノの名を叫んでいるという報告も上がっているのだ。そんな人が他の女性とデートをするとは思えず、ルーナは否定する。時間が傷ついた心を癒してはくれるだろうが、それは今ではないはずだと。


「だったら、問題ないわね。いい、そこの角を曲がったら声を掛けるわよ」


 すでに時計は9時を目前にしていた。これ以上遅くなれば、明日の朝まで教会に入れてくれないかもしれない。早々に決着をつけるべく、ミーナはルーナに促した。そして……


「あの!ちょっといいですか!!」


「「えっ!?」」


 角を曲がったところで、ルーナは思い切って二人に声を掛けた。すると、オズワルドもシンディも驚く声をハモらせて、ゆっくりと振り返った。


「「ル、ルーナちゃん!?」」


 その声の主を見て、二人はもう一度驚き声を上げた。狼狽を顔に漂わせて。


「どうしてんですか?そんなに驚いて」


 確かに後ろからいきなり声を掛けたのだから驚くのはわかるが、いくらなんでも驚き過ぎではないかとルーナは笑う。だが、そんな彼女を今度はミーナが気まずそうな顔をして、二人の横にある看板を指差した。そこには、『ご休憩、2時間30G』と書かれていた。


「え……?」


 ようやくルーナはこの状況を理解して、顔をひきつらせた。二人が入ろうとしていた建物は、愛し合う男女が睦み合う場所であることは、知識としてすでに知っていた。


「し、失礼しましたぁ!」


 とんでもない場面を見てしまったと、ルーナは離脱を試みた。もちろん、ミーナも一緒だ。しかし、そんな彼女たちの襟首を掴む者がいた。シンディだ。


「あんたたち、まさかこのまま帰れるとは思ってないわよね?」


「「ひぃっ!」」


 顔は笑顔だが、目には完全に怒りの炎をたぎらせている彼女を一目見て、ルーナもミーナも恐怖を感じて悲鳴を上げた。そして、彼女が告げた「これも社会見学だ。ついてこい!」の言葉に抗うことができずに、そのままラブホテルへと連れ込まれる。


「ま、待って!わたしには彼氏が……」


「聖職者がこんな場所に入るわけには……」


 だが、二人の抵抗は空しく破れ、男1人に女3人という奇妙な組み合わせの団体は、チェックインしたのだった。宿泊コースで。

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