第379話 シスター見習いは、その思惑が気に食わない

「えっ!?ちょ、ちょっと待ってよ。親に認められたって……うそでしょ!?だって、相手は……」


「そうなのよ!やっぱり、お兄様って頼れるわね!わたしも絶対に説得は無理だと思ってたわ!!」


 今日は水曜日という平日の午後。相変わらず町長代理としての仕事が忙しくて主が不在となっている教会の礼拝堂で、ミーナはルーナからその後のお話を聞かされていた。大半が惚気話だったためウンザリしていたが、婚約が親に認められたということには、驚かずにはいられなかった。何しろ相手は倍近く生きているおじさんなのだ。


「そ、それで、どうするの?婚約ってことは……近いうちに結婚するんだよね?それなら、うちで挙げて欲しいんだけど……結婚式」


 何だったら、友人割引が使えないか、イザベラに掛け合ってあげると言うミーナに、ルーナは慌てて付け足して言う。父親から付けられた条件に、結婚するのは20歳を過ぎてからだということを。


「だから、そう言ってくれてうれしいけど、あと4年弱はお預けなのよ。でも、そのときは必ずお願いするわね」


 ルーナはニッコリ笑みを浮かべて、目の前の友人にきちんと返事をしたが……その友人はどういうわけか浮かない顔をしていた。


「どうしたの?」


 不審に思ってルーナが訊ねると、ミーナが答える。


「いや……どうするのかなって思って。だって……あなた、もうすぐハルシオンに行くんでしょ?例の交易会社の経営に参加するとかで……」


「交易会社?あっ……!」


 そういえば、ここに来る前にそんな話があったとルーナは思い出し、表情を曇らせた。交易会社は、北部同盟及び魔国のいずれにも属さない中立的な立場で設立されるため、その本部はハルシオンの王都ルシェリーに置かれることがすでに決まっているのだ。


 そして、一方のバシリオは、北部同盟駐在の大使として、このオランジバークに留まり続ける。


「いきなり、離ればなれね……」


 ミーナが最近読んだ雑誌には、遠距離恋愛はおよそ8割の確率で最終的に破局すると書かれてあった。そのことを可哀想に想いつつ告げるが、「わたしたちはそんなことないわ!」とルーナは健気にも言い張った。だが、涙目になっている。


「しかも……その主な理由が浮気ね。まあ……アンさんといい、シンディさんといったかな。候補には欠かないから……どうやら、短い春になりそうね」


「そ、そんなことないもん!わたしたち、ラブラブだから、彼も浮気なんか……」


 そう言いつつも、声に勢いはなく不安を感じているのは明らかだ。そして、ミーナは気づく。もしかして、こういう事情があるから、大人たちは婚約を認めたのではないかと。どうせ、すぐに別れるから今は夢を見させてやれと。


「……気に食わないわね」


 そんな大人の思惑を察して、ミーナはイラつき呟いた。子供だと思って舐めるんじゃないわよと。


「ねえ……今からでもその交易会社の件は辞退できないの?」


 それができれば、このオランジバークにこの先もずっと留まり続けることができるのだ。しかし、ルーナは首を横に振った。


「それをすると、お姉さまを困らせるわ。結構人が足りないらしいし……」


それに、どうしてもやってみたいことがあるとルーナは言った。バシリオとのことも大事だが……商人として何かを掴めそうなそんな感覚があって、チャレンジしたい気持ちを抑えることはできないと。


「ごめんなさい……自分でも我儘だと思っているけど……」


「ううん。ここのところのあなたの活躍を思うと、その感覚は気のせいだとは言えないからね。それは仕方ないかな……。でも、そうなると転移魔法よね。レオナルドさんかユーグさんに頼むわけにはいかないかしら?」


「それは……たぶん難しいと思うわ。お兄様はお姉さまが復帰されれば、専属で動かれるだろうし、ユーグさんはレティちゃんのお世話と魔国の往来で手一杯になりそうだからね。どちらも、わたしの我儘を受け入れてくれそうにはないわ……」


 しかも、レオナルドは、内心ではバシリオとの仲を反対している節があるのだ。今回のことだって、裏で結託しているかもしれないとルーナは疑っていた。当てにできそうにはない。


「はあ……いきなり魔法が使えるようになったりしないかしら……」


「馬鹿ね。あなた、素養がないと判定されているんでしょ?だったら、そんな夢みたいな話はありえないわ」


 実のところ、そのような夢みたいな話はわりと近くで起こっていたりするのだが……二人は当然だが知る由もない。すると、そのときだった。部屋の外からピアノの音色が聞こえてきたのは。


「これって……ボンさんが弾いてるの?」


 曲は子供が楽しく歌える童謡であったが、こんな才能があったのかとルーナは感心した。ただの変態だと思っていたのにと。しかし、ミーナが苦笑いを浮かべて答えた。


「あれはね、自動的に音が出る魔道具よ。ポトスでカッシーニ商会ってお店が潰れたでしょ。そこの会頭さんの家からの質流れ品でね。普通の中古品よりも随分安かったのだけど、イザベラさんがさらに買い叩いて……」


 驚くなかれと、ミーナはわずか50Gで買ってきた品物だと言った。ルーナはその言葉に「イザベラさんらしいな」と心の中で思うが……


「そうよ!魔道具だわ!!」


 急に思いついたのだろう。転移する手段として、そのような機能を持つ魔道具を買うことはできないかと言った。

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