第378話 藩主は、娘の恋人を拒絶する
そこは静かな部屋だった。
帝都が古代兵器の暴走によって消滅し、皇帝という調停役を失った帝国は、今や群雄割拠の時代に突入しようとしているということをつい忘れてしまうような……そんな穏やかで平和な空間。藩主チェスラ・ルワールのお気に入りの部屋だ。
しかし、そんなチェスラの聖域に、招かれざる客がいる。その名は、レオナルド・アンベール。チェスラにとっては、今すぐ塩を投げつけてやりたいくらいの裏切り者だ。
だが、一方でレオナルドは大国ハルシオンで公爵の地位を持ち、未来の王配殿下と呼ばれる人物でもあるのだ。ゆえに、心の赴くままに追い返すわけにもいかず、我慢を続けている。何しろ、これからの戦いにハルシオンの軍事支援は欠かすことができないのだ。
そして、そんなレオナルドも、ハルシオンの威光を背に根気強く説得しようとしている。
「なあ、よく考えてくれないか?バシリオはいずれ魔国で大臣になる男だぞ。ほら、こうやって魔王もそのことを認めて書状にしてくれているだろ?だから、認めてやっても……」
「それはできぬ相談ですな。一回りも年上の……しかも、魔族の男を我が婿になど……」
アルカ帝国では、干支という暦が使われていて、12年で一回りすることから、ルーナとバシリオの年の差は、ぴったりそれに当てはまる。チェスラはそのことを引用して、より歳の差があることを強調した。魔族であることも言及しているが、どちらかといえば、こちらの方が気になると言うのが本音だ。
「だが、二人は愛し合っている。このままだと、駆け落ちされるかもしれませんよ」
「ほう……そうやってハルシオン王を説得なさったのですな。いやはや、恐ろしい。貴殿は形振り構われなかったのですな?」
チェスラはこうやって皮肉を交えながら、さっきからレオナルドの口撃をのらりくらりと交わし続けていた。無論、レオナルドも負けてはいない。
「ははは、それを言われるとお恥ずかしいですな。しかし、我が国王陛下は娘の好いた相手ならばと、俺を受け入れてくれましたよ。おまけに、公爵などと過分な身分まで頂戴しましたし……」
つまり、ハルシオン国王フランツ2世は、何よりも娘の幸せを重んじる器の大きな君主であると、レオナルドは言っている。本人が聞けば、火がついたように怒り出しそうだが、嘘も方便と割り切り言い切った。そして、それに比べてここの藩主は……と。
「それは仕方がない話でしょ。わたしは帝国に属する諸侯にしか過ぎぬ身ですからな。大国の王と比べて器が小さいのは当たり前。買いかぶられては困りますぞ」
だから、例え狭量と言われようが、頑固おやじと言われようが、二人の仲を認めるわけにはいかないと言うチェスラ。駆け落ちするなら、親子の縁を切るだけだとも……。
しかし、そんなことになればレオナルドは困るのだ。まかり間違ってヤンが次の藩主になって、広間の上段で踏ん反り返っている姿など、死んでも見たくはない。だから、これで話を打ち切るわけにもいかず、引き続き違う角度から説得を試みる。されど、チェスラも同じようにかわして話は平行線をたどる。らちが明かなかった。
「あの……よろしいですかな?」
話し合いが始まってすでに3時間が過ぎて、両者に疲れが見え始めたところで、おもむろにザヤンが手を挙げた。その姿と声に、レオナルドもチェスラも「「居たの!?」」と驚いたように声を上げたが……彼は淡々と3時間かけて考えた折衷案を披露した。
「保留……ということでは如何でしょうか?」
「「保留!?」」
「以前拝見させて頂きました書状では、ルーナ様がオランジバークにおられるのは、今月いっぱい、あるいは長くても来月までだと記憶しておるのですが……一方のバシリオ殿は、駐在大使ですから付いて行くわけにはいきませんよね?」
「なるほど……距離が離れれば、心変わりをする可能性が高いと考えるか」
「はい。特にルーナ様の性格を考えれば、気移りすることも左程珍しきことではございませぬゆえ……」
そのことを見越して、ルーナには「婚約は認めるが、結婚は20歳を過ぎてから」という条件付きの許可を与えれば、一先ずは駆け落ちされるという話にはならず、かつ先々丸く収まるのではないかと。
「しかし、気が変わらなかったらどうするのだ?婚約を認めれば、そのまま結婚ということになるのではないか。ダメだ。危険すぎる」
「それならば、バシリオを嵌めればいいだろう。ヤツの好みそうな女を宛がって、それをネタに自ら婚約を辞退させれば……」
「確かにそれならば……って、レオナルド殿?あなたが何故それを……」
「まあ……俺も本当をいうとあまり気乗りしてなかったもんでな。ルーナちゃんに頼まれたから断り切れずにこうして話してきたが……」
レオナルドとしては、今が丸く収まれば後のことなどどうでもよいと言うのが本心だ。だから、条件付きだろうが思惑付きだろうが、婚約が認められればそれで構わないのだ。
「今度こそ、裏切らないでくださいよ」
「わかってる。そっちこそ、今の話を絶対ルーナちゃんにするなよ」
さもなくば、きっと苛烈な復讐劇が待ち構えることになる。レオナルドは自身の安全のために、念を押すことを忘れなかった。
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