第377話 魔女は、失恋男を酒のつまみに頂く

「うう……レベッカ……」


 時折壁の向こうから聞こえてくる男の情けない声。ルーナによって用意されたこの新しい研究室は、ジャフール家の地下室の3倍は広く、またアルカ帝国にはない先進的な道具も必要なだけ揃えてくれることもあり、シンディは概ね満足していたが……


「ああ、もうまたかよ!鬱陶しいっていったらありゃしないわ!!」


 これだけは不満を感じて、ガンガンと壁を思いっきり蹴飛ばした。すると、ぴたりと声が聞こえなくなり、シンディは再び研究にのめり込んでいく。だが、それも30分ももたない。それからまた聞こえてくる「しくしく」と泣く声と未練たらしい愚痴。


 流石の引き籠りも、こうして苛立ちを抑えきれなくなって、隣の部屋にいる元凶に突撃した。


「あんた!一体なんなのよ!!静かにしろって言うのがわかんないのかよ!!」


 扉を開けたその先に、まだ昼を過ぎたばかりだというのに酔いどれている男を見て、シンディは怒りの言葉をぶつけたが……その一方でこの男もそれなりの研究者だと理解する。


「これって……内燃機関よね?もしかして、あなたも古代文明を研究しているの?」


 部屋の中央にあるテーブルの上にある装置を見て、シンディはそう言った。同じようなモノを文献で見たことがあったからだ。しかし、オズワルドは「なんだそれは?」と真っ赤になった顔を揺らしながら、彼女を見て言った。


「それはこの俺様が発明したのよ。古代文明?なんなのさ!美味しいのかよ、それ!そんなん知るか!バッキャロー!!」


 オズワルドはかなり酔っ払っているようで、その言は支離滅裂。ただ……この装置を自分の力で発明したということはシンディも理解した。そして、素直に「凄い」と思った。


「ねえ、どうやってアイデア思いついたのよ」


「ああ?お姉ちゃん、おいらのお話を聞いてくれるのかい?」


 若いのに奇特な娘さんだねぇとオズワルドはケタケタ笑っているが……実はシンディの方が2歳年上だったりする。もちろん、シンディもまさかこのだらしないおっさんが年下だと思っていないので、特に問題にならずに話は進む。


 オズワルドは酒をチビチビ飲みながら、これまでの開発秘話を包み隠さず彼女に話した。何しろ、レベッカにこういう話をしようとしても、3分も経たずに打ち切られて、他の流行の話題へ強制移行を余儀なくさせられてきたのだ。とても新鮮で楽しかった。


 そして、一方のシンディの方も同様だった。いつしかオズワルドから分けてもらって、果実酒を飲み始めると、次第に止まらなくなり、自分の部屋からお気に入りの蒸留酒を持ち込む始末である。


「ははは、アンタ面白い奴だね!気に入ったよ。ああ、このわたしはアンタのことが気に入った!!」


 だから、「さっさと元カノの事なんか忘れな」とオズワルドの肩を叩く。だが、彼にとってはそんなに簡単な話ではないようで……


「うう……レベッカぁ……どうして、俺を捨てたんだよ……」


 また急にスイッチが入ったのか、テーブルにうつ伏せて泣き出した。すると、シンディはまたケラケラ笑いながら、「まあ、飲めや」と言って自分の口に蒸留酒を含むと、オズワルドの頭を鷲摑みにして引き上げるとそのまま口づけして、強引に押し流した。


「ゲホ、ゲホ、ゲホ……」


「どうだ?目が覚めたか。嬉しいだろ?こ~んな美女が口移しで飲ませてくれたんだぞ。見る目のない女の事なんかさっさと忘れちまえよ!」


 何をするんだと咳き込みながら抗議をするオズワルドに、シンディは楽しそうに言い放った。そして、そんなことよりもと、研究のよもやま話を再開するようせがんだ。


 ただ……このカオスの飲み会が始まってから8時間近く経過したところで、どちらともなく横になりたいと言い出した。要は飲み過ぎて、座ったままでいるのが辛くなったからである。


「それなら、続きは横になりながら……」


 そこで打ち切れば、何も問題は起こらなかったのに、こうして自然の流れで二人はオズワルドの仮眠室へ向かうことになった。そこには十分な広さのベッドがあり、両者ともに迷うことなくダイブした。だが……当然だが、こうなるとやることは一つしかなくて……


「いいわよ。このわたしがアンタの頭の中から、その女を追い出してやるから!」


 あまりぐちぐちと、レベッカのことを引きづって悲しそうにするオズワルドについにキレてしまって、シンディは勢いよく身に着けている服を一切合切脱ぎ捨てて、オズワルドの上に跨った。そして、そのまま自然の流れで体を重ねる。


「ああ……」


 やがて、その喘ぎ声は部屋の外まで聞こえるようになったが、幸いなことにオズワルドの悪評が広まった昨今では近づく者はいなかった。こうして、二人は邪魔されることなく、一つの寝台で朝まで共に過ごしたのだった。

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