第313話 お姫様は、変わり果てた姿となったライバルに……

「アイシャ!」


 その姿を見るなり、ルーナは駆け寄ってきて、そのままライバルを抱きしめた。


「ルーナ……」


「大丈夫よ。何も言わなくていいから……」


 物々しく何人もの魔族の兵士に守られるように守られるようにして現れたアイシャは、はだけた胸を隠すようにして、アウグストから与えられたマントをギュッと握りしめていた。只ならぬことがその身に起こったのは一目瞭然だ。


「ルーナ……わたし……わたし……」


 張りつめていた糸が切れて、ホッとした瞬間にアイシャの目から大粒の涙が溢れ落ちて、声にならない嗚咽の声が零れた。


「大丈夫。もう大丈夫よ」


 そして、そんなアイシャをルーナは優しく慰めながら、「とりあえず服を持ってきたから着替えましょ」と言ってこの場から連れ出した。だが、内心ではどうしようと真っ青だ。


(ああ……こんなとき、お姉さまだったらどうするのだろうか……)


 何も言わずに、差し出されたシャツに袖を通すアイシャをちらりと見ながら、ルーナは考えた。ここで間違えてはいけないと思って。そして……


「いいわよ。わたしよりも先に大人の階段を上ったアンタが姉貴分ということでも……」


「へっ!?」


 結局、考えがまとまらず、全然配慮が足りない、かつ的外れな言葉をルーナは吐き出してしまい、アイシャを固まらせた。


「一体、それは……」


「だって、あなた処女を散らしてきたんでしょ?つまり、わたしよりも先に大人の階段を上ったわけで……」


 その言葉に、アイシャは「ああ、なるほど」と理解した。だが、もちろんだからと言って認めるわけには行かないが。


「あのね……わたし、ギリギリだったけど、処女を散らしてきたわけじゃないわよ。とぉーっても、カッコいい人が現れてね!」


「へっ!?」


 今度はルーナが困惑した。だが、アイシャはそんなルーナの戸惑いを他所に、嬉しそうにその魔族の男の人のことを話は話し始めた。


「それでね、その人はわたしに言ったのよ。『わたしには成すべきことがあるから、君と一緒に逃げるわけには行かない。だが、きっと指輪を持って迎えに行くから』ってね!どうしよう!わたしたちの愛は、種族の垣根を越えちゃうわ!」


「ス、ストップ!」


「何よ……ここからがいい所だったのに……」


 実際の所は、そこまで言ってはいないのだが、アイシャの中では妄想が膨らみ話を飛躍させていた。だが、ルーナにとっては、そんなことは事実かどうかわからないし、ぶっちゃけるとどうでもいい話だ。それに、今の状況で聞く話ではない。


「それじゃあ、さっきの号泣は何だったのよ!誰が見ても、犯されたって思うでしょ!」


 ルーナはイラつくようにして、アイシャと問い質した。それなら、何であんな紛らわしい態度を取ったのかと。


「いやね……助かったとは言っても、間一髪で怖かったのは本当でね。だから、あなたの顔を見てホッとしたらつい気が緩んでしまって……」


 決して騙そうとしたわけではないと、アイシャは両手を合わせて謝りながら説明した。こうなっては、ルーナの方も怒るに怒れない。


「それじゃあ、そのお腹の中にオークの子を孕んでいるわけじゃないのね?」


「……どうして、魔族の男に犯されたら、そんな発想になるのよ。あなたの頭の中にこそ、オークの脂肪が詰まってるんじゃないの?」


 ルーナの思考の稚拙さに、アイシャは呆れてそう言った。彼女の友人であるミーナという女の子が「この子はアホですから、ご注意を」と、港での見送りの際に『重要事項説明』と称して、そんなことを言っていたな……と思い出しながら。


「むぅ!折角心配してあげたのに!」


 アイシャの暴言に、ルーナは眉を顰めて語気を強めた。そんな彼女の顔を見て、アイシャはクスクス笑って、さっぱりしたような表情をして告げる。


「それについては、ありがとう。正直にいうとね、気遣ってくれて嬉しかったわ。だから、その感謝の気持ちを込めて、わたしはあなたのことを『姉』と認めるわ」


「え……」


 思わぬ言葉に、ルーナの怒気は霧散させた。


「それは、どういうこと?」


「そのままの意味だけど?」


「意味が分からないわ。どうして、そんなに簡単に降参するのよ!」


 ルーナはアイシャに詰め寄って問い質した。勝ちたいという想いはあるが、譲られるようで釈然としない。すると、アイシャは答える。


「だって、あなたのようなお馬鹿な妹なんか持ってしまうと、苦労するのが目に見えてるからね」


「はあっ!?」


 それはどういう意味よと、ルーナは声を上げて抗議する。誰が馬鹿だと。


「それなら、わたしだって願い下げだわ!アンタのような騙されやすい世間知らずを妹になんかしたら、心臓がいくつあったって足りやしないからね!」


 大体、なんで怪しいと思わずに、見ず知らずの男にホイホイと一人でついて行ったのかとルーナは言う。どれだけ、みんなが心配したと思っているのかと。


「挙句、何よ!カッコいい人に助けられて、デレデレしちゃってさ!この尻軽女が!」


「尻軽女!?あなた!言っていいことと悪いことがあるわよ!」


 もちろん、自分が全面的に悪いとは思っているものの、アイシャは声を上げて抗議した。

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