第311話 王女様は、通りすがりの魔族に救われる
「くそっ!」
男は急に焦ったようにして、アイシャを突き飛ばすとそのまま逃走を図ろうとした。しかし……
「ぎゃっ!」
次の瞬間、一筋の光線が男の右太腿を貫き、前のめりで地べたに転がった。そこを武装した兵士が2、3人駆け寄って、あっという間に身柄を取り押さえる。
「た、助けてくれ!出来心だったんだ!頼む……」
顔を石畳に押さえつけられた男は、必死になって命乞いをする。そんな急展開な現状に感情の整理が追い付けずに、アイシャは力なくその場に座り込みその光景を呆然と眺めていた。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
そのときだった。背後からアイシャを気遣うような優し気な声が聞こえたのは。
「えぇ……と、あの……」
ゆっくり振り返ると、そこには若いが身なりの立派な魔族が立っていた。そして、アイシャはこの人が自分を助けてくれたのだと理解する。だから、お礼を言おうとするが、どういうわけか舌が思うように動かない。
「ああ、いいよ。とにかく、無事そうでよかった。あの男は、こちらで処分するから安心するといい。……ところで、どうして人族のあなたがこんなところにいるのかな?」
「えっ!?」
その言葉にアイシャはギクッとして、慌てて頭の角を触る。しかし、そこにはまだ角がついていて、変装が解けたというわけではなさそうだった。
「な、何を言ってるんですか?」
アイシャはどうしてそんな疑惑を持たれているのか理解ができないまま、あえて誤魔化そうとした。何しろ、この男の周りには武装した兵士が続々と集まってきているのだ。もし、正体がバレたなら、何が起こるかはわからない。場合によっては、先程以上のことも……。
しかし、目の前の魔族は笑いながら言った。
「誤魔化しても無駄だよ。その綺麗な胸をみれば、一目瞭然だ。顔は青いのにそこだけは白いからね」
「あ……」
アイシャは、今、この魔族の視線が自分の大きな胸に注がれていることに気づき、青色の顔を真っ赤にしてそれを隠すようにして背を向けた。その目に涙を溜めて。
(もうやだぁ……お家に帰りたい……)
姉と慕うアリアの真似をしてここまで頑張ってきた心が折れかける。あんな単純な誘いの言葉に騙されて、犯されかけて、そして、正体がバレて虜囚の辱めを受ける……そんな情けない自分に嫌気がさして。この瞬間、どんなに背伸びしても、アリアにはなれないことを思い知った。
しかし、そんな彼女の背中に魔族は、羽織っていたマントを被せてくれた。
「……悪かった。あまり、女性への接し方が得意じゃないもので……泣かせるつもりじゃなかった。胸を見たのも……言い訳になるかもしれないが、決して邪な気持ちで見たわけではなくて……とは言っても、言い訳だな。すまなかった」
魔族はそう言って、アイシャに非礼だったと詫びた。
「あ……いえ、こちらこそすみません。助けてもらったというのに……」
アイシャは、マントで胸をしっかり隠したうえで振り返ると、気遣いに感謝しつつ、そう言葉を吐き出した。そして、改めて言った。「助けてくれてありがとうございました」と。
「それで、どうしてこんなところに人族であるあなたがいるんだ?」
その魔族は、アイシャが人族だからと言って危害を加えたり、拘束したりするつもりはないと告げて、理由を訊ねてきた。
「実は……」
アイシャは説明した。この町がそんなに時を置かずして、遺跡に眠っていた古代兵器の爆発によって焼き尽くされること、そして、今、港では自分の仲間が住民たちを逃がす作業を行っていることを……。
「それで……迷子の女の子のお母さんを探していて、あの男に騙されたということか?」
「はい……」
さっきの男はすでにどこかに連れていかれてここにはいないが、アイシャは力なく認めて、項垂れて答えた。軽率な行動だったと反省しながら。
「しかし、逃がすというが、どこにどうやって逃がしてるんだ?」
町の人口は、3万人ほどいると聞いている。それを短時間で安全な場所に逃がす手法など、常識的な手段では思いつくものではない。
「それは……転移魔法を使っているんです。沖合に停泊していた海軍の船に協力してもらって、ギリギリまで住民を詰め込んで……それから、船ごとオランジバークへ……」
「オランジバーク!?」
魔族は驚いたように声を上げて、隣にいた別の魔族と見合った。そして、なにやらひそひそと話した後に、再びアイシャに振り向いて言った。
「まあ、とにかく無事でよかった。港までは、我が兵に送らせよう」
魔族はそう言って、近くにいた兵を呼んだ。
「あの……あなたはどうなさるのですか?」
ここに残っては危ないのだ。ならば、一緒に来ないのかと思ってアイシャは訊ねるが……
「済まないが、わたしにも成すべきことがあるのだ。だが、大丈夫だ。死ぬつもりはないよ」
そして、生きてまた会いましょうと言って、魔族は多くの兵を引き連れてアイシャの前を立ち去ろうとした。
「あの……せめて、お名前を……」
再会した時には、名前を呼びたい。そう思ってアイシャは訊ねた。すると、魔族は笑顔で答えた。
「わたしの名は、アウグスト。お嬢さんの名前は?」
「アイシャといいます」
アウグストの問いかけに、アイシャも躊躇うことなく正直に答えた。
「そうか……。では、アイシャさん。また必ず会いましょう」
「はい!アウグストさんも。きっとですよ!」
アイシャは、力強く返事を返して、手を振って見送った。そんな彼女に向かってアウグストも手を振り、そのまま離れていったのだった。
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