第310話 王女様は、騙されて危機を迎える

 一方、そのころローデヴェイク港では、高台の避難場所から戻ってきた住民たちによってごった返していた。乗船作業は順調に進んでいるものの、それでも一気に乗れるわけではないため、その人だかりは港湾エリアの外まで広がっている。


「みなさん、大丈夫です!必ず乗れますから、列に並んでください!」


 予てからの手筈通り、アイシャはそんな住民たちに声を掛けて、付けられた水夫たちと共に乗船口に至るまでの列を作らせていた。それは、隣の乗船口を担当するルーナも同様であり、時折声が交差してお互い姿を確認することができた。


(わたしも頑張らなくっちゃ!)


 そして、そんな彼女に負けるわけには行かないと、アイシャは気合を入れ直す。向こうはどう思っているかはわからないが、これはマウントを取るチャンスなのだ。逃すわけには行かないと。


「うえーん!!ママぁー!どこにいったのぉ!!」


 しかし、そのときだった。5歳くらいの小さな女の子の鳴き声が聞こえたのは。


「どうしたの?」


 近くにいた水夫が宥めようとしているが上手く行っているようには見えず、アイシャは駆け寄って事情を訊ねた。


「どうやら、この子は母親と逸れたようで……」


 水夫は困ったような表情をしてそう報告した。アイシャは膝を折って、女の子に優しく訊ねる。


「あなたのお名前は?」


「……ネル」


 円らな瞳からは涙がまだ頬を伝っているが、アイシャの言葉に女の子は泣くのをやめてそう答えた。


「ねぇ、ネルちゃん。お姉ちゃんがママを探してくるから、このお兄さんと待っていてくれないかな?」


 アイシャはネルの涙をハンカチで拭いてあげながら、ニッコリ微笑んで語り掛けた。すると、ネルは安心したのか、小さく頷いた。それを見て、アイシャは立ち上がる。


「みんな、手分けして探しましょう。まだ近くにいると思うから」


 そう言って、半数はそのまま誘導作業を継続させるとして、残る半数を連れて辺りに呼びかける。


「ネルちゃんのお母さん!いませんかぁ!」


 アイシャは心の底から声を張り上げて列に並ぶ人々に呼びかけて回る。すると、その声が聞こえたのか、ルーナが駆けつけてきた。


「アイシャ。これは一体、何があったの?」


「迷子よ。どうやらあの子、母親と逸れちゃったみたいで……」


 アイシャは、そう言って水夫と共にいるネルを見た。ルーナも事情を察した。


「わかった。わたしたちも手伝う」


「そうしてくれると助かるわ」


 お互いそれだけを言い交して、再び二手に分かれた。


「ネルちゃんのお母さん!居たら返事してください!」


「誰か、ネルちゃんのお母さんを知りませんか!」


 アイシャもルーナも列をなす人々に向けて呼びかけ続けた。


「あの……」


 それから15分ほど過ぎたときだった。若い男がアイシャに声を掛けてきたのは。


「そのネルちゃんって子の母親だったら、さっき家に忘れ物をしたと言ってたよ。おそらく、そっちに向かったんじゃないかな?」


「ホント!?」


「ああ、何だったら、この近くだから案内するが?」


 男は笑顔で優しくアイシャに提案した。それは、少しでも早くネルを安心させたいアイシャにとって渡りに船であったが……周りには供をしていた水夫が誰もいないことに気づいて躊躇った。


「ん?どうしたんだ?行かないのか?」


 男は不思議そうな顔をしてアイシャに問いかけた。困ってるんじゃないのかと。


「わかりました。案内、お願いできますか?」


「承知した」


 相手は親切心で言ってくれているのだと考え直して、アイシャは男に導かれるまま、ネルの母親の家があるという市街地へ足を踏み入れた。しかし、15分以上歩いたというのに、いつまで経っても辿り着かない。


「あの……本当にネルちゃんのお母さんはこちらに?」


 アイシャは嫌な予感がして、男に訊ねた。すると、男は振り向きざまに下卑た笑みを浮かべながら、アイシャに言った。


「馬鹿だね。知らない男の人に付いて行ったらダメだって、お母さんから教わらなかったのかい?」


「え……」


 その言葉にアイシャは固まってしまった。まずいことになったとは理解するが、恐怖で足がすくんで動かない。その間にも、男はアイシャの両肩を鷲摑みにするとそのまま壁に押し付けた。


「ニヒヒヒヒ……さあ、楽しもうぜ!」


「いやよっ!誰かぁ!誰か助けて!!」


 アイシャは力いっぱい声を上げて周囲に助けを求めた。しかし、住民はすでに避難のため港に行っており、この辺りには誰も残っていない。


「離して!いや!やめてぇ!」


 男の手がアイシャの服を引き破ろうとするのを必死で抵抗しながら、それでも誰か来てくれないかと叫んだ。


「ひひひ……無駄だよ。あきらめろや!」


「きゃあああああ!!!!!!」


 ついに力づくで手を跳ね除けられて、そのまま引き裂かれた衣服からアイシャの白い乳房が露わとなる。


「いや……お願い……」


 瞳から大粒の涙を流してアイシャは震えた。これから自分の身に何が起こるのかを想像して。


「おい!貴様、そこで何をやっている!!」


 だが、そのときだった。アイシャの耳に救いの声が聞こえたのは……。

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