第309話 女商人は、思わぬ技術交流に
「……なるほど。事情はわかりました」
下船して、久々のオランジバークに降り立ったアリアに、先程までショックで燃え尽きていたとは思えないような態度でシーロは言った。精魂込めて建造したクイーン・アリア号が沈んでいないと知って、パットを入れている胸を撫で下ろしながら。
そして、こうしている間にも、沖合には新たに2隻の船が出現している。
「とにかく、下船させた者から南の荒野に移動させようと思うの。これから30隻近くの船が到着するからね。あまり時間がないのよ」
だから、その手配を速やかに取って欲しいとアリアは言った。それを聞いて、シーロは先程命じた『避難計画』をそのまま転用すればいいと考えて、了承の意を伝えた。偶然ではあるが、すでに体制は整っていたのである。
「それじゃ、皆にそのことを伝えてきますね」
シーロは足早にアリアの前から立ち去っていく。そして、そのシーロに代わって今度は船長がやってきた。
「どうしたの?」
「いや……下船して、避難するのはいいんですが、船はどうしますか?こんなことをいうのはアレなんですが、港が小さくて32隻も停泊できないのではと思いまして……」
オランジバークの接岸桟橋は4カ所しかない。湾もあまり大きくなく、降ろした後沖合で停泊させるにしても手狭だ。船長の懸念は最もなことだった。
「ちょっと待ってね」
時間的な余裕もなかったこともあり、そこまでは気が回っていなかったことに気づいたアリアは、魔法カバンから地図を取り出して広げた。そして、沖合に停泊可能な場所を探す。
(オランジバークの旧港沖に10隻いけるわね。塩田のある辺りは……そうよね。遠浅だから無理か……)
この港のある湾には、15隻ほど停泊することは可能と考えて、アリアはクイーン・アリア号を含めた残る8隻の受け入れ先を考える。地図上では、これから避難する南方の荒野の東端が海岸になっていて、さらに言えば湾となっているから、そこにすればいいのかもしれないと思ったが、測量調査も済んでいないため、本当に使えるかは不明だ。
「アリアさん?」
何時まで経っても回答がないことにしびれを切らして、船長は声を掛けてきた。だから、アリアは正直に今考えていたことを話した。その場合は、賭けになるかもしれないが、南の山の向こうにある湾に向かうことも含めて。
すると、船長はニッコリ笑顔で言った。
「大丈夫ですよ。我らの船には、計測機が備え付けてありますからね。それで海底の深度は測ることができますから」
だから、利用が可能そうな港湾を紹介してくれれば、あとは何とかできると。
「……それは是非、詳しく聞かせていただきたいものですね」
「シーロ?」
声が聞こえて振り返った先に立つのはシーロだった。彼は、受け入れの準備ができたことを伝えに来たのだが……今偶然に耳にした興味深い話に、目を輝かせていた。
「えぇ……と、そちらの方は?」
「……うちの技師長です。シーロ、失礼でしょ!大体、この船は軍艦なんだから、教えてくれるわけないわよ」
その不躾な態度に、アリアは戒めるようにシーロに言うが……
「いや、構いませんよ。我が国では、漁船であっても付けている船はありますから、軍機というものではありません。後ほど案内いたしましょう」
船長は寛大にもそう言って了承の意を伝えてきた。
「何でしたら、海獣の居場所や種類を特定する装置もありますから、そちらもお見せしましょう」
「是非!」
更なる申し出に、シーロは目を輝かせて喜んだ。
「本当にいいのですか?」
そんなシーロを横目に見て、アリアは念を押すように船長に訊ねた。まだ和平は成っていないのに、そんなことをして後で罰せられないかと心配して。すると、船長は笑って言った。
「何を言っているんですか。人族のあなただって、我々魔族を助けたと知られたら、例え王女であっても何かとまずいことになりますよね?それなのに、こうして助けてくださっている。確かに国と国の間はそうかもしれませんが、そんなことは些細なことだと思いませんか?」
目の前では、シーロが手配した誘導員が下船した魔族たちを混乱なく誘導している。その先には、足の悪い人のためにと粗末ではあるが荷馬車の用意も進められている。当初は魔族というだけで恐れていたようだが、今はそんな雰囲気は余り感じない。
「そうですね。わたしもそう思いますわ」
そんな港の風景を見て、アリアは船長の言葉に同意した。そして、正教会の教義は嘘っぱちで、こうして分かり合えるのだと、和平実現への意欲を強くするのだった。
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