第308話 技師長は、真っ白に燃え尽きた

「おい!あれはなんだ!?何でいきなり船が……」


「そんなことより見ろよ!あ、あれ、ま、魔族だぁ!魔族が攻めてきたぞ!」


「うそだろ!?何でこんな所に魔族なんかが突然現れるんだよ!」


「知らねぇよ!そんなこと、奴らに訊けよ!」


 ここは、ローデヴェイクからはるか遠く離れたオランジバーク港。さっきまで何もいなかった場所に突如現れた船に、そして、乗船しているのが大量の魔族とあって、港の警備を任されている『ディーノ警備商会』の警備員たちは慌てふためいた。


 元・盗賊の彼らであっても、魔族は恐ろしいらしく、上へ下への大騒動となった。そして、その混乱は、左程の時間を置かずして、港内の研究所にいたシーロの耳にも達した。


「い、如何しましょうか?」


 報告にやってきた部下たちは、怯えるようにしてシーロに伺いを立てた。ここには、重要な研究資料が集積されているのだ。魔族の手に渡れば非常にまずいことになるモノすらも。持ち出すのか、焼くのか、それとも、命最優先で逃げるのか。その指示を待つ。


「うろたえるな!」


 今日はフリフリのリボンを付けた上下で固める彼であったが、その見てくれとは相反してきつく部下を叱責した。こういう時に混乱したまま事を進めて碌なことはないと言って。そして、彼らが落ち着いたのを見計らって指示を下す。


「ジンは、急ぎイザベラさんの所に行って、事態の報告と援軍の要請を。今のところは1隻しかいないが、場合によってはまだまだ増えるかもしれない。そのことも伝えて」


「かしこまりました」


「ウィルは、警備員の方々と協力して、従業員を南方の荒野へ避難させるべく誘導を」


「町の方に向かわせるのではなくてですか?」


「町からは援軍が来る。そのとき、避難民がそちらに向かっていれば、出会い頭に混乱が起きて到着が遅れるだろう。少し遠いが、避難は南方の方がいいと思う」


 そして、「以前頼んでいた道はできているのだろ?」と訊ねると、ウィルは元気よく「はい!」と答えた。それなら何も問題はない。


「あとは、ここの資料についてだが……ニーナ。例の爆薬だが、実験もかねて使おうと思う。用意できる?」


「ええ、大丈夫よ。試作品だけど、10個ほどあるから、ここを爆破する程度だったら、おつりが来るでしょ」


 上出来だとシーロは笑った。


「それじゃ、アレフ、ジョニー、レット。君たち3人は、ニーナから引き継いで、いざという時はここを爆破するように」


「「「はっ!」」」


「それじゃあ、みんな頼んだよ」


 シーロはそう言って、部屋を出た。次に向かう先は、岸壁の方だ。さっきの避難作戦を効果的に行うためにも、集まっている作業員たちを落ち着かせなければならない。


「……おい、シーロさんだ!」


「本当だ!逃げずにいてくれたんだ……」


「馬鹿言え!シーロさんが逃げるわけないだろ!」


「しかし、流石は最古参の大幹部だけあるな。見ろよ、あの堂々とした佇まい。女にしておくのが惜しいぜ……」


(いや、俺って男なんだが……)


 人垣の中にできた通路を通り抜ける最中に聞こえてきた声に、シーロは心の内で苦笑いをした。だが、士気は上がり、動揺はひとまず収まる。そして、間髪入れずに、シーロは皆に向かって告げた。


「皆さん、すでに避難させる算段はついています。何も恐れることはありません。係の者に従ってください」


 それは、演説というには短いものだった。だが、同時に、ウィルたちがやってきて人々を誘導させ始めたのもあって、人々は冷静に岸壁から離れていき、南へ向けて列を作る。全ては計画通りに進んでいた。


「あーあー……こちらは、アリア・ハルシオン。聞こえますか?オランジバーク港のみなさん」


「えっ!?」


 ちょうどシーロが踵を返したその時、海の方から聞き覚えのある声が聞こえた。振り返ると、船の上で手を振る小柄な女性の姿が見える。変装はしているが、長い付き合いである。見間違えるはずはない。


(ええ……と、これはどういうことなのでしょうか?)


 なぜ、クイーン・アリア号で魔国に向かったはずのアリアが、魔族の船に乗ってこの地に姿を現したのか。シーロは先程までとは打って変わって混乱し、狼狽えた。その理由とは、即ち、彼が作ったクイーン・アリア号の沈没に他ならない。


「な、なぜだ……計算も設計も完ぺきだった。何一つとして失敗したと思われるものはない。それなのに、どうして……」


 シーロは愕然として、その場に崩れ落ちた。もちろん、船は沈んではいないのだが、そんなことを知る由もなく、真っ白に燃え尽きたのだった。

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