第286話 妹分たちは、共同戦線を張る
「はあ……退屈ねぇ……」
「そうよねぇ……」
アリアが魔族の陣地に向かった丁度その頃、マルツェル港に停泊するクイーン・アリア号では、残されたルーナとアイシャが欄干に肘をかけてボーっと海を見ながらともに呟いた。
「ねえ、アンタは王女様だからハラボーさんが止めるのはわかるけど……なんで、わたしまで上陸したらダメなのかな?」
「ああ、それはね。わたしが『あの子だけズルい』って言ったからよ。一人だけ、楽しもうと思ったら大間違いよ」
アイシャの告白に、ルーナは今更怒ったりはせずに「やっぱりか」とだけ呟いた。暇すぎて、争う気力もなかったのである。ただ……だからこそ思いついたのである。
「だったら、協力しない?」
「は?」
いきなり何を言い出すのかと呆れるアイシャ。しかし、ルーナは言う。
「おそらく、ハラボーさんはわたしたちがお互いに監視していると思っているわ。何しろ、ずっといがみあって来たからね」
「あ……何となくわかったわ。確かに今も、監視の目はないわね。なるほど……つまり、お互いがお互いのことを監視するのをやめれば……
「「わたしたちは、自由の身よ!!」」
珍しく息が合い、二人は照れくさそうにした。
「でも、どうやって脱出するのよ。下船口にはハラボーの手の者がいるのよ?」
「それはね……」
ルーナは、思いついた作戦を彼女の耳元でこそりと囁いた。
「いい作戦だわ。あんた、アホだと思ってたけど……意外にやるわね」
感心したようにニヤリと笑いながら言うアイシャに、ルーナは「アホは余計よ」と言った。
「おや?二人とも見ない顔だが……」
兵士たちの部屋に忍び込んで、そこで帽子とコートと眼鏡を借りて変装した二人は、案の定、下船口で呼び止められた。だが……
「急いでいる。アイシャ王女殿下から王太子殿下へ至急知らせるようにとのことだ」
ルーナが代表するかのように、その兵士に向かって告げた。声色をなるべく低くして。
「王女殿下の?」
それでも訝しげな顔をする兵士に、ルーナはアイシャから預かったとして、伝えるべき内容を記したという手紙を見せた。その裏に押印されている蜜蝋は、紛れもなく王家の紋章だ。
「こ、これは……失礼しました!」
そう言って、兵士は道をあけた。
「ご苦労!」
ルーナはあえて高飛車な物言いで兵士に告げてタラップを下っていく。そして、その後ろをアイシャが付いて行く。
「上手くいったわね」
「ええ、バッチリよ!」
船から隠れるようにして路地を曲がった二人は、そこでハイタッチを交わして成功を祝福した。
「それで、これからどうするの?」
「これを見て」
コートの下に隠していたポーチから、折りたたんだメモをルーナは取り出してアイシャに見せる。それは、このマルツェルの行くべきポイントを記したものだ。
「こんなこともあろうかと、わたし、今朝から水夫のみんなに聞き込みをしていたのよ!」
準備いいでしょと得意げに言うルーナに、アイシャは感心した。
(この娘……やるわね……)
伊達にアリアの妹分を僭称してはいないということか。アイシャは認識を改めた。
「それで、まずどこにいくの?」
「それはやっぱり1番人気だったここじゃないかしら?」
そこには、「料理店タマデ」と書かれていた。
「料理店かぁ。お腹空いたし、いいわね」
アイシャは何の疑いを持たずに賛同した。ただ、場所がわからない。すると、ルーナは言った。
「こんなときは、優しそうな男の人を見つけて訊ねればいいのよ」
そうすれば教えてくれるはずだと、ルーナは辺りを見渡した。そして、近くにいた大人しそうな30前後の男に声を掛けた。
「すみません。タマデに行きたいんですけど、場所、教えてくれませんか?」
「え?」
男は驚き、次に二人の体を上から下へ二度見した。
「えぇ……と、なにか?」
その視線に気持ち悪さを感じて、アイシャは男に訊ねるが……
「い、いや!ご、ごめん。驚いただけだから気にしないで。そ、それで、本当にタマデに行くの?」
「はい。でも、道が分からないので、教えてくれませんか?」
不審な目を向けるアイシャに構わず、ルーナは明るくお願いした。
「いいよ。僕も急に行きたくなったから、一緒に行こうか」
「はい!」
ルーナは元気よく返事をして、男の後に付いて歩き始めた。
「ちょ、ちょっと……」
アイシャは妙な胸騒ぎがして、ルーナを止めようとするが、彼女は「大丈夫よ」としか言わない。ゆえに、仕方なく後に続くこととした。しかし……
「ねえ……ここって……」
「はは……少なくても、ご飯を食べるところじゃないみたいね……」
目の前には「料理店タマデ」と書かれた看板が掲げられてはいるが、その下にいるのは、半分ほど胸をさらけ出して男に手招きをする女たち。すなわち、娼館と呼ばれる場所だ。
「何でこんなハレンチな所に連れてくるのよ!この淫乱娘が!」
「だって、水夫のみんなが『天国のような楽しい場所だ』って言ってたんだもん!それで料理店って言われたら、おいしいところだって思うじゃない!」
確かに、男にとっては楽しい場所ではある。そして、「料理店」というのは、売春が表向き禁止されているこの国の法律を掻い潜るための方便なのだ。もちろん、まだ16歳のうら若き彼女たちが、そんな大人の欲望の裏事情など知る由もない。
しかし、そのとき、争う二人に鼻息を荒くしたさっきの男が近寄ってきた。
「「な、なにか……?」」
嫌な予感がして、恐る恐る訊ねる彼女たちに、男は言った。
「それで、君たちを指名したいんだけど……」
今からお願いできないかなという言葉に、二人は貞操の危険を感じて青ざめて、全速力で逃走したのだった。
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