第285話 女商人は、魔族の目的を探る
「そ、粗茶でございます。ど、どうぞ……」
この駐屯地の中心にある小屋の中で、この隊の隊長であるモスランとかいう将校と向かい合っていると、腰の辺りを重装備で固めた若い兵士が怯えながらカップをテーブルの上に置いて足早に立ち去って行った。潰されたら叶わないと言わんばかりに。
(ちょ、ちょっと!)
その態度に、アリアは思うところがないわけではなかったが……
(一先ず、その話はあとにしましょう)
時間は有限であり、アリアはさっさと話を始めようと、その前に差し出された緑色をしたお茶に躊躇いもなく口をつけた。
「あ……これ、渋みがあるけど、それはそれで……おいしいわね」
その色からして、全く味に期待していなかった反動で、アリアは率直に感想を述べた。そして、もう一口、また一口と飲む。
だが、どういうことか、対面に座るモスランも、そして、味方であるはずのユーグも驚きの表情を浮かべていた。
「えぇ……と?どうしたの?」
そんな二人の様子に今度はアリアが驚き、不思議そうな顔をして訊ねた。すると……
「いや……流石はというか……度胸がありますな」
「そうだよ。毒殺されるって疑わなかったのかい?」
「えっ!?」
モスランとユーグに言われて、アリアは思わず手にしていたカップを見た。すでにカップの中には3分の1程度しか残っていない。
(ははは……そう言えば、わたしって王太子なのよね……)
大国ハルシオンの要人の一人なのだから、ハラボーからはくれぐれも出されたものには警戒して、すぐに口をつけたりしないように言われていたのだ。古来より暗殺には毒が多く用いられていると言って。今、彼は船の方で待機しているが、バレれば小言を言われるのは確実だ。
「ま、まあ、毒は入ってないのでしょう?わたし倒れてませんし……」
「あ、あたりまえです。そんな簡単な手に引っ掛かるとは思っていませんでしたから……」
だから、そんな小手先のことをして命を落としたくはなかったとモスランは正直に言った。隣でレオナルドが笑いを堪えているのが見えて、穴があったら入りたい気分にはなったが、取り合えず、そんなレオナルドの足を蹴って、アリアは話に入ることにした。
「実はね、わたしたちは、魔王陛下との和平の交渉をしようと貴国に向かう途中でここに寄ったんだけど……」
「えっ!?」
思わぬアリアの言葉に、モスランは驚きの声を上げた。新しく即位した魔王がそのように考えていることは周知の事実ではあるが、人族の側も和平を望んでいるとは思ってもみなかったからだ。
「その上で訊くんだけど……ここにいた兵士が減ったのって、それに関係する?」
「は、はい。魔王陛下より命が下り、人族との交戦は一先ず禁じられました。占領地は維持する方針なので、我々は駐留軍として残ることになりましたが……すでに動員令が解除されて、ここにいた兵士のうち多くは帰国するため南方へ移動しました」
「南方へ?」
「はい。本国へ船で帰るための港がそこにあるのです」
モスランは一切の躊躇いも見せずに、正直にぺらぺらと答えた。その姿勢に、今度はアリアが驚いた。
「どうしましたか?」
「いや……そんなにぺらぺら喋っていいのかなと思って……」
仮にも軍人なのだから、あとで処罰されたりはしないのかと。すると、モスランは苦笑いを浮かべて答えた。
「何を言ってるんですか。仮に嘘をついたとしても、あなたたちなら簡単に白状させることはできますよね?だったら、痛い思いするだけで無駄じゃないですか」
だから、抵抗を諦めてこうして正直に話していると。アリアは「なるほどな」と理解を示した。
「じゃあ、それなら訊ねるけど、どうして魔国はこのムーラン帝国に侵攻したの?」
「詳しいことは俺ごとき一介の士官が知るところではないが……噂ではこの国にある遺跡をどうにかしようと……」
「遺跡?」
アリアは、それがどういうものかわからずに、モスランにもう少し詳しく説明するように求めるが、これ以上のことは自分は知らないと言った。
(だけど……ただ単純に人族を滅ぼすために戦ってきたというわけじゃなさそうね……)
それは、正教会が説くような「ただ欲望の赴くまま」に人族のモノを奪い、殺すといった単純な話ではないのだろう。彼ら魔族には、何かしらの目的があって行動をしている、アリアはそのことを理解した。
それならば、その目的というのに協力すれば、和平の道は開かれるだろうと。
「……ところで、このお茶なんだけど、どこで手に入るのかしら?」
「は?」
突然前振りもなく訊ねられた質問に、モスランは理解が追い付かずに固まった。すると、アリアは言う。
「いやね、これおいしかったから、きっと売れると思ってね」
可能ならまとめ買いできないかなと。
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