第284話 女商人は、「アレ潰し」の極悪魔女と呼ばれる
「なるほど……確かに人気が少なくなってるわね」
「そうでしょ。勇者やレオナルドさんたちにかなりの数を倒して頂いたのですが、それでもあの駐屯地には万を超える魔族がいたのです。なのに……」
そういってシルベールが指を差した先にある魔族の駐屯地には、数えられる程度の魔族しか残っていない。しかも、高台に上がってこちらの様子を窺っている者もいることから、どうやら彼らの役目はあくまでも監視役といったところだろう。
「つまり、本隊はどこかに……?」
「おそらくは。しかも、この現象は帝都方面でも同じらしくて……」
帝国政府でも現在、その理由を宰相であるエトホルドを中心に確認している最中であると、シルベールは言った。ただ、これがアリアの言うように和平を望んでの事なのか、それとも大規模な攻勢に出るための準備のための作戦行動なのかはわからないとも。
「ふ~ん、それで、こちらもこうして様子見を?」
周りを見渡せば、櫓を建ててマルツェル側も魔族の陣地を監視する兵士を置いているのがわかる。彼らの実力ではこうするより外はないことは理解するが……
「レオ、ユーグさん。ちょっと、あっち行って話を聞こうと思うからついてきて」
人族でも最強クラスである二人が自分にはついているのだ。アリアはシルベールたちのやり方にじれったさを感じて、直接赴くことを告げて馬を駆けだした。
「あ……待ってください!」
慌てたシルベールは声を上げて後を追おうとした。それにつられて、陣地の兵士たちも一緒に動く。その数は、50名余り。
「皆の者!閣下に続け!!」
「王太子殿下をお守りしろ!」
その意気は揚々で、まるでこれから突撃を掛けるかのようだった。
「ス、ストップ!」
その動きに魔族側の陣地が慌てるのが見えて、アリアは馬首を翻して味方に向かって叫んだ。このままでは、この地が起点となって戦争になりかねないと判断して。
「殿下?」
突然止まったアリアを不思議そうに思いながら近づいてきたジルベールに、アリアは告げた。「あなたたちはここで待機して」と。
「し、しかし……御身に何かあれば……」
「あなたたちが動けばそうなるから。いい?か・な・ら・ず、ここで大人しく待ちなさい!」
なおも言い募ろうとするジルベールに、アリアは強く命じた。守ろうとしてくれる気持ちは嬉しいが、この場では逆に足手まといなのだ。
「ここからは、わたしたちだけで行くわ。大丈夫よ。この二人がいて何かあると思う?」
そう言って、アリアは自信たっぷりに言った。何しろ二人は500人程度の魔族を以前彼らの目の前で瞬殺して見せたのだ。これ以上の根拠はないでしょと付け足して。
シルベールたちは、頷いて見送るしかなかった。
「お、おい!人族がこっちにやってくるぞ!」
「うろたえるな!たった三人だ。こっちの方が数は多いんだから慌てることは……」
「た、隊長!あ……あの男たちは、例のアレでは?」
「例のアレって……おまえ、まさか!」
「例の悪魔コンビですよ!第7連隊を一瞬で全滅に追い込んだ……」
アリアたちが近づく柵の向こうで、慌ただしく動きまわる魔族たちの口からそんな話声が聞こえて、三人は苦笑した。
「おいおい、魔族に悪魔呼ばわりされているぞ?」
「心外だよな、親父。時間がなかったから、そんなに惨くは殺さなかったのにな」
何て恩知らずの奴らなんだとレオナルドは言った。だが、それを目の前にいる魔族どもに言っても意味はないだろう。彼らの側からすれば、そう見えても仕方がないのだから。
「魔族の兵士に告げる!わたしは、ハルシオン王国の王太子アリアだ!ここの責任者と話がしたい!」
だから、出て来いとアリアは叫んだ。すると……
「た、隊長!呼んでますよ。早く行ってください!」
「馬鹿言うな!隊長はつい今辞任した!今の隊長はおまえだから、おまえが行け!」
「そ、そんな……!」
柵の向こうで馬鹿げた喜劇が繰り広げられているのが見えた。しかも……
「ハルシオンの王太子って……勇者のアレを潰したという……」
「ああ、その話、俺も聞いたぞ!しかも、それを飯にまぶして食べたとか……」
「ひえぇ……!何でそんな極悪魔女がこんな僻地に来るんだよ!?」
「もしかして……俺の未使用品、狙ってる?」
どうやら帝都ムーラン・ルージュでの出来事が尾びれをつけて魔族たちの間で広がっているようで、そのことがアリアを苛立たせた。だから、怒鳴りつけた。
「お黙りなさい!いい加減にしないと、本当に潰すわよ!」
何をとは言わなかったが、どうやら魔族たちには通じたらしく、連中は一斉に股間に手を当ててすくみ上った。
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