第283話 女商人は、夫を切り捨てれない

「ちょっと、レオ……大丈夫?」


 オランジバークを出航してから凡そ半月余り。クイーン・アリア号は無事に魔国へ……は到着していない。


「だ、大丈夫じゃない……おえぇー」


「うわぁ!もうちょっと我慢して!ここで吐かないで!!」


 このように、船に弱いレオナルドのために数日おきに近くの港に寄港するため、予定は大幅に狂っていた。当初は効いていたはずの酔い止めの魔法は、何度もかけているうちに効かなくなり、最早手の施しようのない状態だ。


「……ホント、情けない奴だな。アリアちゃん、やっぱりこいつ置いて行こうよ」


 呆れ顔のユーグは、これまで何度か進言してきたことをもう一度告げる。こんな状態ならどの道役に立ちそうにないと言って。しかし、アリアは首を振る。


「魔国では何があるかわからないわ。海の上ではこんなだけど……陸の上ならレオはとっても頼りになるんだから!」


 欄干から身を乗り出して、海に向かって嘔吐を続けるレオナルドの背中を優しく摩りながら、アリアは強くそう主張した。


「まあ、そこまで言うんなら別にいいけど……それで、どうする?またどこかに寄るのかい?」


 ユーグはそう言うと、後ろに控えていたメルソン船長に目配せした。すると、船長は地図を片手にアリアに伺いを立てる。


「ここからだと、ヤソップ諸島が一番近いですが……何もない漁村ですからね」


 突然行けば、住民たちは驚くだろうし、何より上陸しても体を休める宿すらない。


「航路を考えれば、それでもそっちに行った方がいいとは思うけど……やっぱり、レオの体調を考えればね……」


 少し遠回りしてもきちんとした宿がある港町に停泊したいとアリアは言った。


「それならば……1日程度のロスが生じますが、マルツェルに寄りましょう」


「マルツェル?」


 聞き覚えのある町の名前にアリアは反応を示した。そこは、友人であるスメーツの兄シルベールが治める町だ。


「いいわ。そこに寄りましょう」


 勇者を捕えた後、足早に去ってしまったのでその後のことは詳しくは知らない。が……


(あの町は、魔王軍の侵攻に怯えていたわ。今の様子を知ることは、決して無駄にはならないはず……)


 バシリオの言うとおり、魔王が和平を望んでいるならば、かつてあった魔族の侵攻は鳴りを潜めているかもしれない。そうであれば、和平交渉の望みは強いと判断することができる。


 アリアは、予定を大幅に変更することになるが、マルツェル寄港を有意義なものにしようと決意した。





「ようこそお越しくださいました、王太子殿下。……って、レオナルドさん!?どうしたんですか!真っ青な顔をして……」


 港に到着してからそう時間が経たないうちに現れた領主のシルベールが、恩人の変わり果てた姿に大いに慌てた。


「とにかく、館……いや、その様子なら、近くの宿の方がいいですね。すぐに用意させます」


 そう言って、彼は素早く脇に控えていた部下に差配を命じた。そして、一先ず休ませなければと考えて、港近くの公園へ案内した。そこにはベンチがあり、レオナルドを横たわらせた。


「ごめんなさいね。恩に着るわ」


「何を言ってるんですか。わたしが受けた恩に比べればこれしきの事……。それより、本日の急な来訪は……何かあったんですか?」


 ただ遊びに来たと言われても、無論精一杯の歓待はするが……妹から聞いた話がすべて正しいのであれば、目の前のアリアはただ遊ぶためだけにこの地に訪れるとはシルベールには思えなかった。しかも、寄港した船はこれまで来たどの船よりも大きく、砲門の数も含めて異様だ。


「ええ、そうね……」


 丁度良かったと思いながら、アリアは事情をまず説明した。魔王が和平を望んでいると思われること、そして、自分はその手を取るために直接魔国へ乗り込もうとしていることを。


「まあ、本当ならここに立ち寄らずに、すでに目的地であるファサイア港に着いているはずだったんだけどねぇ……」


 ぐったりベンチで横たわっているレオナルドを横目でちらりと見て、アリアは苦笑いを浮かべた。


「それで、訊きたいんだけど……」


「魔族の動きについてですね?」


 アリアの言わんとしていることを察して、シルベールは先に告げた。この2か月余り、魔族の侵攻が何故かパタリと途絶えていることを。


 その期待していた答えを聞いて、アリアはホッと胸を撫で下ろしたのだった。

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