第287話 女商人は、叱られたと思って墓穴を掘る

「王女殿下!あなたという人はぁ!!」


「えっ!?あ……ごめんなさい!」


 転移魔法で船に戻った瞬間に聞こえてきたハラボー伯爵の怒鳴り声に、思わずアリアは頭を下げて謝った。毒を疑わずにお茶をそのまま飲んでしまったことがバレたのかと思って。しかし……


「え?」


 ハラボーは怒気を引っ込めて、唖然とした顔でこちらを見ていた。そして、彼の前に立つアイシャとルーナの二人も。


「王太子殿下?なぜ、謝られるのですか?」


「いやぁ……あははは……」


 疑うような目つきでこちらを見てきたハラボー伯爵に、アリアは笑って誤魔化した。よくよく考えれば、今帰ってきたばかりなのに、どうして知られるはずがあるのだろうかと気づいて。そして、話を逸らす意味合いもあって、何があったのかを先に訊ねた。


「実は……」


 ハラボー伯爵が言うには、この二人、アイシャとルーナは、伝令兵士に変装して船から抜け出して町に遊びに行ったのだという。挙句……


「酒場で酔いつぶれて、見ず知らずの男にお持ち帰りされかかったですって!?」


 アリアは余りもの衝撃的な報告に、思わず大きな声を上げた。遊びに行きたかったのは理解したが、何でそんなことになるのだと言って。


「……だって、ルーナがこれおいしいって勧めてくるから……」


「人のせいにしないでよ。わたしは途中で止めたわよ。流石にケラケラ笑いすぎておかしいと思ったからね。それでも、『大丈夫』って言ってお代わりを頼み続けたのはアンタよね?」


 二人はまだ酔いがさめていないのか、目を細めて頭を押さえながらもお互いのせいにして弁明した。仲がいいのか、悪いのか……。


「偶然、この船の水夫が店に入ったので、気がついて阻止することができたからよかったものの……そうでなければ、今頃は……」


 ハラボー伯爵は大きなため息を吐いて、改めて二人に念を押すように言った。「どうなっていたかは想像つきますよね」と。


「……わかってますよ。あと一歩で処女を散らすところでした。この通り!……反省しております!はい!」


「……同じーく!誰の子かわからない子を妊娠するところでした!大変!申し訳ありませんでしった!」


 二人はまだ酔いが残っているのか、いつもの彼女たちなら絶対に言わないような言葉も交えて、それでも謝罪はした。思わずハラボーは眉を顰めるが……


「まあ、もうその辺でおしまいにしましょう。二人とも反省しているようですし、何より酔いが残っていて辛そうですし……」


 アリアは頃合いだと見て介入を図った。


「仕方ないですね。王太子殿下よりそのように仰られては……」


 ハラボー伯爵は、あくまで王太子の命であることを強調して、二人に自室でしばらく謹慎するように命じた。そして、二人はお互いを支え合いながら、客室の方へと去って行った。


「……狙い通り、仲良くはなったみたいね」


 そんな二人の姿を思いながら、アリアはハラボーに言った。水夫からルーナに吹き込ませて脱走を決行させるように仕向けたのは、元々、アリアが発案したものだったのだ。


「……確かに、殿下の目論見通りにはなりましたが……こちらは心臓が止まる思いを何度もしたのですぞ」


 初手の娼館訪問から始まって、公園の噴水では罵り合いの大喧嘩をしてビショビショになり、作戦失敗かと思ったら今度は見知らぬおばあさんの財布を奪ったスリを二人で退治して、そのおばあさんから奢ってもらったアイスクリームを仲良く食べて……そのまま飲み会に突入したと。


「そ、それは、お疲れさまでした。でも、楽しかったようでよかったわ」


 確かに、ハラボー伯爵ら、変なことにならないように見張っている連中からすれば、ハラハラドキドキの連続で大変だっただろうが、二人にとってはかけがえのない思い出となっただろう。それはそれで、よかったのではないかとアリアは言った。


「……ところで、殿下」


「なにかしら?」


 話が上手くまとまったところで、これで幕引きとしたかったアリアであったが、そうは問屋は卸さなかった。


「先程の謝罪の理由。教えていただけませんでしょうか?」


 何か後ろめたいことでもあったのでしょうと、ハラボー伯爵は問い質してきた。


「ええ……と?」


 アリアは目を泳がせて言い淀んだ。だが、それは悪手だ。言いつけを守らなかったことを自白しているに等しい。


「殿下?」


 そんなアリアをハラボー伯爵はさらに問い詰めた。アリアは後退った。


「ははは……今日は、疲れたからわたしも部屋に戻るわね。そ、それじゃ、後のことはよろしく……」


 そう言葉を残して、アリアは脱兎のごとくアイシャたちの後を追うように走って、甲板から姿を消した。


「はあ……いい加減、妊娠中であるという自覚を持ってもらいたいものですね。転んだらどうするんですか」


 大きなため息を一つ吐いて、ハラボーは残されたレオナルドとユーグにそう言った。あなたたちももっと気を配って欲しいと。


「す、すまない」


「あとで注意します……」


 火の粉が突然降りかかって、ユーグとレオナルドは詫び言を言った。そして、二人もアリアに注意してくると言って立ち去った。


「まったく、困ったものだ……」


 ただ一人、欄干に体を預けて、ハラボーは夜空を見上げて呟いた。

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