第281話 女商人は、出航する

 4月10日。オランジバーク港には多くの人だかりができている。道端には露店も立ち並び、まるでお祭りのようだ。


「一体……何でこんな騒ぎに?」


 屋敷から港湾事務所に直接転移したアリアは、窓の外を見てそう呟いた。しかし、シーロもニーナも首を振る。


「朝起きたら、いつの間にか露店が道端にあって……2時間ほど前から人が集まり始めてこんな状況に……」


 久しぶりに眠れたせいか、以前と比べて表情が穏やかになったシーロがそう答えた。つまり、彼らの仕業ではないということだ。そのことに思い至り、アリアは何となくだが、この騒動の黒幕に思い当たった。


「アリアさん。おはようございます」


「出たな!黒幕!!」


「は?」


 突然のアリアの言葉に、部屋に現れたイザベラは意味が分からないというように首を傾げた。


「アンタの仕業なんでしょ?表の騒動は!」


「ああ、『クイーン・アリア号処女航海記念式典』のことですか?確かに、わたしが企画しましたけど?」


 「それがなにか?」というように、イザベラは悪びれずに言った。船の建造は、今はアリアの商会に引き継がれてはいるが、元々は町の事業であったのだから、町民挙げてお祝いして何が悪いと。


「むしろ、わたしたちに何も言わずに、コソッと出航しようとするのがおかしいのでは?」


 口の軽いルーナが、自分の所にいるシスター見習いのミーナに自慢げに話したからわかったよかったもののと、イザベラはチクリとアリアの姿勢に異議を唱えた。初期の段階で、少なくない町の予算が投じられているのだから、町を預かる者としては見過ごすわけには行かないと言って。


「ですのでね、町としてもある程度の分け前には預かりたいのですよ。いいでしょ?船の権利は主張しないのですから、それくらいの協力は」


 露店の売り上げには、町として2割程度の課税を課しているという。抜け目はない。


「むむむ……仕方ないわね」


 そこまで手を回されてしまえば、今更どうすることもできない。アリアは白旗を上げた。


「それで、式典というからには、何か頼みがあるんでしょ?」


「ええ、出航前にひな壇で花束を贈呈するので、その際はスピーチをお願いしたくて」


 それは今から1時間後に予定しているとイザベラは言った。すでに、ハラボーやユーグ、妹分二人は建物の中で待機していて、同行する魔族たちは先に船の中に乗っていると聞いている。問題はないだろうとアリアは判断してその件を了承した。


「但し、さっきの露店で得た収益のうち、半分はうちに回しなさい。この港湾の土地は全部うちの物なんだから、場所代よ!」


 そして、こうして残る懸案事項に着手する。やられっ放しでは、アリアは終わらないのだ。


「ええ!半分はいくらなんでも横暴すぎるわ!せめて、1割!!」


「何を言ってるのかしら?疲れたシーロたちの安眠を妨害されたんだから、迷惑料も合わせて最低でも4割は貰わないと!」


 そうよね、とアリアはシーロに話を振る。


「あわわ……ええと……」


「迷惑じゃなかったわよね?音には気を付けて設営したのだから」


 突然巻き込まれてしまって、困惑したシーロを見てイザベラが畳みかけるように言った。その目は据わっていて、「Yes」か「はい」以外の答えは許されそうにない。そして、アリアの方も同様に……。


(仕方ない……)


 見かねたレオナルドは、そっとシーロの背後に回って、隣に立ってオロオロしていたニーナ共々、その手を取った。


「ちょっと……レオ!」


 アリアが止めようとしたことには気づいたが、レオナルドはあえてこれを無視して転移魔法を唱えた。一夜眠ったとはいえ、まだ疲れがたまっているだろう。そのことを考えれば、これ以上二人の言い争いに巻き込むのは酷な話だと思って。


 そして……しばらくしてから再び部屋に戻る。もう終わったのかなと思いきや……


「あんた、シスターでしょ!もっと清貧を気取らないといけないんじゃなくて?3割5分!」


「アリアさんこそ、大国のお姫様なんだから、いつまでもお金お金って言ってたらダメだと思いますよ!1割2分!!」


 あれから10分は経ったというのに、お互い剥きになって餓鬼のように強欲に、二人はまだ言い合っていた。


「あんまり、金金言ってると、神様に叱れるんじゃ?3割3分!」


「そっちこそ!はしたないって国王陛下に叱られるんじゃ?1割5分!」


(いつまで、コレ続けるのさ……)


 スピーチの準備はしなくても大丈夫なのかと思いながらも、止める手立てがなく決着が着くまでレオナルドは見守った。そして、最終的に2割5分という妥結点を見出した時、式典開始時刻まであと5分と迫っていた。


「「何でもっと早く言ってくれないのよ!!」」


 会場まで全速力で走る二人に理不尽にも叱られて、レオナルドは人知れずため息をつくのだった。

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