第280話 女商人は、二人の妹分に手を焼く

「……珍しいですね。お姉さまが引くなんて」


「いや……強気で1週間以内でなんとかしてって言ったら、きっと革命が起こっていたわ。それだけ、ニーナの目がマジだったからね」


 造船所からオランジバークの家に戻ったアリアは、ソファーに腰を下ろして、妹分のルーナとお茶を飲みながら談笑していた。隣にはレオナルドも座っている。


「しかし、それで構わないのですか?大砲があったら、相手が警戒するっていうお姉さまの意見が正しいとわたしも思いますけど……」


「まあ、何とかなるでしょ。相手の度肝を抜くことはできなくなったけど、普通はあるのが当たり前だし……」


 それに、港に入る前には砲門を閉じて、攻撃する意志がないことを明らかにするとアリアは言う。そうすれば、相手に和平への気持ちがある限り、攻撃されることはないだろうと。


「ふーん、そうなんですね。ところで……」


 相槌を打ったルーナは、ここでいよいよ本題を切り出そうとした。つまり、今回の魔国行きに同行させてもらいたいと。しかし……


 コンコン


「アリアちゃん。ハルシオンからハラボー伯爵とアイシャ王女が来たんだけど、通していいかな?」


「アイシャが?」


 部屋の外から聞こえてきたユーグの声にアリアが反応して、ルーナは話を切り出せなかった。


「構わないかしら?」


「ええ、いいですよ」


 アリアが許可を求めてきたのに対して、ルーナは素直に承諾の意を伝えた。もちろん、内心では「わたしとお姉さまの時間を邪魔しやがって!」と憤ってはいるが、表には出さない。


「お姉さま!魔国に行くんですって!どうか、わたしも連れてってください!!」


 部屋に入るなり、アイシャはアリアの元に駆け寄って声を上げた。その後ろでは、ハラボー伯爵とユーグがホトホト困ったような顔をしている。


「な、何をいきなり言ってるの!?」


 アリアは驚き、アイシャに言った。どうしてそんなことになっているのか、理解が追い付かないままで。すると、ハラボー伯爵がお願いするように言った。


「何度も危険だと申し上げたのですが、我々の言葉どころか、陛下のお言葉でも聞き入れてくれません。どうか、殿下より直々に厳しく言ってはいただけないでしょうか?」


 そうすれば、きっと聞き入れてくれるはずだと。アリアは妙なことに巻き込まれたとため息をついた。しかし、放っておくわけには行かない。


「ねえ、アイシャちゃん。今度の旅は、とても危険な旅なのよ?場合によっては、生きて帰れないということも……」


「承知しています!でも、お姉さまも行かれるのですよね?」


「う……ま、まあ、そうだけど。あなたは、王女様なんだからそんな危険な場所には……」


「何を言ってるんですか?お姉さまも王女様ですよね。しかも、王太子なんですから、わたしなんかよりももっと行ってはダメな人ですよね?」


 アリアの説得力のない説得に、アイシャは容赦なく反論の言葉を浴びせる。


「しかも、妊娠中なんですよ?もし、流産なんかしたらどうするんですか」


「そ、それは……」


 その指摘は、確かに的を得ていた。これほど行ってはダメな人が行くのだから、アイシャが行ってはダメな理由というのが見つからない。


「説得は……無理ね」


「殿下ぁ!?」


 こうしてアリアが白旗を上げたことに、ハラボーは絶望して声を上げた。


「まあ、たぶん大丈夫よ。ユーグさんもレオナルドもいるんだし……」


 もし、魔王との和平が決裂すれば、二人がいてもどうにもならないかもしれないが、アリアはそのことを言わずにそう告げた。言えば、自分も引き留められるだろうと察して。


「むぅ!あとから出てきて何なのよ!!」


 話はこうして結論が出たと思った刹那、アリアの後ろから突然憤る声が上がった。


「ルーナ?」


 その声の主に気づいて振り返ると、彼女はアリアが呼んだにも関わらず、顔を真っ赤にしてアイシャを睨みつけていた。


「あなたは……誰?」


 初対面で面識がない、自分と同じくらいの年齢の女の子が突然怒り出していることに、アイシャは戸惑いながらそう言った。一体何に怒っているのか理解できずに。


 しかし、ルーナは構わずにズカズカとアイシャに詰め寄り言い放った。


「お姉さまの妹分は、わたしなの!あとからやってきて、あんた何様よ!!」


 何様って、王女様なのだがとアリアは思い、止めようとするが……


「妹分ですって!?わたしを差し置いて勝手に何を言ってるのよ!この田舎娘が!!」


 アイシャは近づきすぎたルーナの胸を小突いて、言い返した。


「やったなぁ!」


「なによ!この無礼者がぁ!!」


 二人はそう言い合いながら、勢いのまま取っ組み合いの喧嘩を始めた。


「やめなさい、二人とも!!」


「ルーナちゃん、落ち着いて!!」


「王女殿下!おやめください!!」


「そうだよ!二人ともまずは話し合おうよ!」


 そんな二人を、アリアもレオナルドもハラボーも、そしてユーグまでも慌てて止めよとするが……


「「この偽者にお姉さまの妹の力を思い知らせてやらないと!!」」


 どちらも同じことを言って、喧嘩を続けようとする。


「わかったわよ!二人とも、わたしの妹分でいいから、魔国にも連れて行くから、喧嘩はやめなさい!!」


 ついに根負けして、アリアは言い放つ。すると、二人はぴたりと争いをやめた。


「ま、まあ、お姉さまにそこまで言われたら……命拾いしたわね、田舎娘!」


「フン!それはこっちのセリフよ。この決着は、魔国から帰って来てから必ずつけてやるわ。覚悟しなさいね、無駄に胸に脂肪を付けている牛王女!!」

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