第278話 女商人は、話し合いに武器は不要と告げる

「それで……フランツは説得できたが、魔国に行く当てはあるのか?」


 王の部屋を辞して廊下に出たところで、ユーグはアリアに訊ねる。自分も、そして当たり前だがレオナルドも行ったことがない土地なのだ。転移魔法は使えないと。


「魔族の……確か、バシリオさんって言ってたっけ?彼の話だと、船で渡ってるのでしょ?」


 だったら、こっちも船で行けばいいんじゃないかとアリアは主張するが……


「魔国の沿岸からおよそ50キロは、風が全くないそうです。連中は、海獣を使って曳航して進むらしいですが……」


 帆船では辿り着かないとハラボーは言った。そして、そんな場合はオールで漕いでということになるが、魔国に行こうとする船に志願する水夫はこの国にはいないだろうと。


「まあ、それについては当てがあるから心配しなくていいわ」


 アリアは自信たっぷりに言った。その姿に、ユーグは思い当たって揶揄うように言った。


「ついに、クイーン・アリア号のお披露目かな?」


「もう!その名前は、恥ずかしいから言わないでくださいよ」


 ひと月前に倒れた直前に、オランジバークでシーロと交わしていたやり取りを持ち出されたことに、アリアは顔を染めて声を上げた。


「そうか……ついに船ができたのか……」


「なんだ?レオ。おまえ知らなかったのか?」


 一方感慨深げに呟いたレオナルドを見て、ユーグは皮肉を込めて言った。あの話があった時、レオナルドはカミラと浮気をしていたのだ。その後は結婚式に向かってやることが多くて、知らなくても無理はないと気づいていながらも。


「む……わかってるよ。ホント、酷いよな……俺って」


 本当ならいの一番に知っているはずなのに、知らなかった原因に思い当たり、レオナルドは恥じ入って呟いた。いかに、この数か月、アリアのことを放置していたのかに気づかされて。


「よしましょ。すでに解決した話よ」


 そんな居た堪れない雰囲気を察して、アリアはサバサバと二人に告げた。終わったことよりもこれからの事が大事だと言って。


「水夫は、オランジバークで集めるわ。たぶん、問題ないと思うから」


 何しろ、オランジバーク、ひいては北部同盟内でのアリアの人気は絶大だ。例え魔国であろうと、随行を希望する水夫は集まるだろう。


「あとは、武装だけど……」


「どうされますか?一度、カリーの軍港に寄っていただければ、最新鋭の大砲を提供しますが……」


 カリーとは、ハルシオン王国最大の軍港である。ハラボーは、オランジバークでは揃えることは難しいと思って、アリアに提案した。遠回りにはなるが、寄港すれば対応できると。しかし……


「あ……わたしが言っているのはね、大砲を外さなきゃということで……」


「「「大砲を外す!?」」」


 その言葉に理解が追い付かず、ハラボーもユーグも、そして、レオナルドも共に声を上げた。すると、アリアは説明した。


「だって、話し合いに行くのよ?武装してたら、相手も身構えるでしょ」


「いや……しかし……」


「お気持ちはわかりますが、それは如何かと……」


「そうだよ、アリア。相手は魔王なんだよ?もし攻撃されたら、どうするのさ」


 ユーグ、ハラボー、レオナルドは、アリアの説明に納得できずに異を唱えた。しかし……


「じゃあ訊くけど、重武装していたら、魔王軍の攻撃に耐えられるの?」


 船はたった1隻。取り囲まれて一斉砲撃を食らえば、例え最新鋭の大砲を積んでいても反撃は叶わないだろうとアリアは言った。それならば、丸腰で行って相手の度肝を抜いてやった方がその後の交渉に役に立つと。


「しかし、魔王軍についてはそうかもしれませんが……道中は、海賊だっていることですし……」


「それなら、心配ないでしょ。ユーグさんやレオがいて、後れを取るとハラボー先生はそう仰るの?」


「いや……確かにそうですな……」


 ハラボーは隣に立つ二人を見て、アリアの言の正しさを理解して白旗を上げた。この親子が同乗していて、海賊などに何ができるのかと。


「だけど、アリア。確か、シーロには武装するように指示しているのでは?」


 ただでさえ、現場には負担をかけているのだ。就航目前での仕様変更は、シーロがキレてしまうかもしれないなと、レオナルドは思って告げた。


「そうよね……問題はそこよね……」


 最後に会ったのは倒れたあの日だが、目元の隈はいつもよりかなり濃かったし、聞けば、3日に一度しか寝ていないとも言っていた。あと少しで内装工事が終わり、ようやく完成を迎えて重責から解放されるというところでそんなことを言ったら……


「シーロじゃなくても暴れ出すわね……」


「だよね……」


 アリアとレオナルドは顔を引きつらせて認識を共有した。

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