第276話 魔族のパシリは、魔王の心を伝える

「……ホント、マジ使えないっスね」


「これじゃ、何のための隊長代理かわからないな……」


「裏切られた気分ですよ」


 隣の牢から間断なく聞こえる怨嗟の声。それらが全て自分に向けられていることに苛立ち、バシリオはこの日何度目かの怒りの言葉を返す。


「何が隊長代理だ!てめえらが自分たちの罪を少しでも軽くしようとして、勝手に祭り上げただけだろうが!好き勝手言いやがって!!」


 ここに囚われているのは、全て消し炭になったガンタダの部下で、本来であればバシリオとの身分の上下はない。


「そんなこと言ったってな……俺には本国に残してきた婚約者がいるし……」


「俺は、妻と乳飲み子の娘がいるし……」


「ボクだって、二次元の彼女いるし……」


「「「犠牲になるのなら、童貞のおまえしかいないだろうが!!」」」


「……てめえら、絶対、あとで絞めてやるからな。あと、最後のヤツ!二次元の彼女ってなんだ!結局、おまえも童貞だろうがぁ!!」


 壁に阻まれて誰が言ったのかはわからないが、バシリオは怒りの声を上げた。しかし……


((((むなしい……))))


 バシリオも、また壁の向こうの連中も、同じ思いを抱いて再び沈黙した。こうして、馬鹿みたいな罵り合いをしても、状況が好転することは決してない。迫りくる死の恐怖から気を逸らしたいだけに過ぎないのだ。


 処刑は3日後に執り行われると聞いている。自分を隊長代理に祭り上げて、責任を押し付けようとした壁の向こうの連中も、一切の減刑は認められずに一緒にだ。


「死にたくないよ……」


「かあちゃん……助けて……」


 壁の向こうから誰かの声が聞こえた。同時にすすり泣く他の声も。それを聞いてバシリオは思う。一体、どうしてこんなことになってしまったのかと。死んだガンタダも、遥か雲の上におわす魔王陛下も、人族との和平を望んでいたはずなのだ。それなのに……。


「ままならないものだな……」


 ため息と共に言葉が漏れた。だが、今更どうしようもないだろう。この国の王太子を誘拐しようとした事実だけが残り、我々の真意は届かない。人族との和平はこの一件をきっかけに遠のくはずだ。自分たちの処刑と共に……。


 コツン、コツン……


 そのとき、牢の石畳を踏む足音がいくつか聞こえてきた。そして、しばらくすると、灯も見えてきた。


「まだ処刑の日まで時間があると思っていましたが……」


 灯を手に持つ男は、事情聴取の場にもいた内大臣のハラボー伯爵。王室に忠実に仕えて、時には裏の仕事にも手に染めることもあると聞いている。つまり、その彼が現れたということは……今、ここで消されるということを意味している。バシリオの背筋は冷たくなった。しかし……


「おまえに、どうしても会いたいと仰られてな……」


 そう言ったハラボーは道をあけて、後ろに控えていた小柄な人に道を譲った。


「お、おまえは……!」


 その顔が灯に照らされたとき、バシリオは驚き、声を上げた。そこにいたのは、彼らが誘拐しようとしたアリア王太子、その人だったからだ。


「お久しぶりね。誰だか知らない魔族さん」


 開口一番、何の感情も表さずに、アリアは言った。そして、「訊きたいことがあるから、教えてくれないかしら?」と。


「な、なんでしょう?」


 無視してもよかったが、バシリオは逆らってはダメな気がして素直に返事を返した。すると、アリアは質問を開始した。


「なぜ、魔王はわたしを花嫁に望んだの?」


 まさか、自分の美貌が魔王を魅了したのかしらと、冗談めかしく言って。しかし、誰も笑いもしなければ、突っ込みも入れない。


「陛下は、人族との和平を望まれておられる。我々は、和平の象徴としてあなたが陛下の妃になることを望んだのだ」


 そんな微妙な場の空気に負けずに、バシリオはかつてガンタダから聞いていたグラフィーラ夫人からの指令の内容を説明した。ただ、その時点ですでにアリアとレオナルドが結婚するという話は知っていたため、指令を遂行するためにやむなく誘拐という手段を用いたと。


「それなら……わたしは花嫁にはなってあげられないけど、魔王の中には和平をしたいという気持ちはあるのね?」


「はい、それは間違いなくございます。陛下はそのために、主戦派に担がれようとしていた弟君を自らの手にかけられたのですから……」


 兄弟仲は決して悪いものではなかったと、バシリオはこれもガンタダから聞いていた話であったが、そのままアリアに伝えた。彼女はそれを聞いて、痛ましそうな表情を浮かべた。そして……


「決めたわ。わたし、魔王と会ってみようと思う」


 突然、そのようなことを言いだした。


「な、なりませんぞ!魔王はとても危険な存在です。もしものことがあれば……」


「そうだよ、アリアちゃん。交渉するにしても、まずは死んでも問題ない者を送って様子を見てだね……」


 ハラボーはいの一番に反対の声を上げて、ユーグもそれに続いて、共に思い止まるように進言した。だが、アリアは首を左右に振った。


「いえ……それでは、纏まる物も纏まらないわ。こういったことは、まず体を張らないと相手に気持ちは伝わらないからね。だから、止めても止まらないから」


 すでに決意を固めたアリアは、戸惑うハラボーとユーグにはっきりと意志を伝えた。気に入らないのなら、王家と縁を切ってでも構わないとまで言って。


「で、殿下ぁ……」


 ホトホト弱ってしまい、ハラボーは力なく声を上げたが、アリアは止まらない。


「そこのあなた。部下たちの命も助けるから、魔王領までの道案内、お願いできるかしら?」


 話の急展開についていけないバシリオに、アリアは命を下したのだった。

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