第275話 女商人は、モテた理由を知りたい
周りが騒がしい。
「いいか!魔族は人の姿に化けれるからな!そのことを念頭に置いて、様子のおかしい者は全て疑ってかかれ。例えそれが国王陛下の姿であってもだ!!」
「「「「はいっ!」」」」
この王太子宮殿の外で、近衛軍第1連隊から第2連隊へ当直が変わったのだろう。昨日の同時刻に耳にした号令を再びアリアは窓越して耳にすることになった。こんなことがいつまで続くのかと思いながら。
「レオ……やっぱり駄目?」
「ああ……あの糞親父、本気でやりやがったようだよ……」
そして、レオナルドが今やっているのは、ユーグがかけた魔法封じの解除作業。攻撃や防御魔法は使えるが、転移魔法や飛行魔法といったこの宮殿から脱出することができる魔法は、完全に塞がれている。
「ふぅ……やっぱり仕方ないか……」
アリアは、ため息をついてそのままベッドに転がった。あと1時間で北部同盟の定例会議が始まるから、何とか出席できないかと試みたのだが……ようやく諦めた。たぶん、そっちの方はイザベラが何とかしてくれるだろう。
「それにしても……魔王がねぇ……」
ベッドに転がりながら、アリアは呟いた。先日の襲撃犯は魔族で、魔王の花嫁に自分を迎えるために誘拐を試みたというのだ。どうしてそんなことになったのか、意味はわからないが……
「はぁ……モテる女って辛いわね。数ある男の中から、誰か一人を選ばないといけないなんて……」
ずっと昔、それもルクレティアにいたときから一度は言ってみたかった言葉をアリアはまた吐き出した。これで何度目だろうと、レオナルドはよくも飽きないものだなと呆れた。
「なによ……」
「いや……なんでも……」
そんなレオナルドを見て、アリアは文句でもあるのと言うように訊ねるが、彼は相手にしない。こんな暇つぶしもいい加減飽きていたからだ。
そんな彼の態度に、アリアはプンプン怒り出す。
「なんで気の利いた言葉が出てこないのよ!」
「言っただろ!『俺を選んでくれてありがとう』とか、『魔王には絶対に渡さないから安心して』とか、『そんな美しい君のために、俺も頑張るよ』とか……一体、何度、こんな馬鹿げたセリフを言わせるんだ!」
暇なのはわかるけど、今はこうして魔法陣の解読に集中しているのだから、邪魔をしないでくれと、レオナルドは冷たく言い放った。アリアはムッとした。
「ホント……レオって冷たいわね。そんな態度ならいいわよ。わたし、魔王と……あっ!」
アリアは戯言を言っている途中で、思いもかけぬ妙案に辿り着き、話を中断した。
「どうしたんだ?」
流石に様子がおかしいことに気づいて、レオナルドが心配して声を掛けた。すると、アリアは言う。
「わたしを花嫁にっていうことは、もしかして魔王は戦争を望んでいないんじゃないかしら?」
「えっ?」
「だって、何かハルシオンに譲歩を迫るために誘拐したいのなら、花嫁にする必要はないわ。人質にして領土なり、財宝なりを要求すればいいんだから」
「なるほど……確かにそうだね」
レオナルドは、アリアの仮説をあり得る話だとして肯定した。
「でも、だからと言って君を渡すつもりはないよ?」
「わかってるわ。でも、話し合うことはできるんじゃない?別に結婚しなくったって、和平を結ぶことはできるわ」
アリアはそう告げて、レオナルドの反応を待たずに、机の上に置いてある呼び鈴をチリンチリンと鳴らした。
「お呼びでしょうか?殿下」
「ハラボー伯爵とユーグさんを呼んでもらえないかしら?相談したいことがあるので」
侍女は「かしこまりました」とだけ告げて、ドアを再び閉じた。
「それにね……もし、和平が成れば、ランスに勇者の真似事なんてさせなくてもすむでしょ?」
侍女が去り、再び二人きりになったところで、アリアは真の目的を告げたのだった。
「それで、何用ですかな。言っておきますが、何度頼まれても魔法陣は解きませぬぞ」
部屋に現れたハラボーは、そう言ってアリアに念を押す。彼女が魔王の下に連れ去られるような事態にならないようにするために、心を鬼にして。そして、それは隣に立つユーグも同様であった。
しかし、アリアは二人に告げる。そんなことではないと。
「実はね、捕まえた魔族の生き残りに会わせて欲しいのよ」
「生き残りに?それはどうして……」
ユーグが不思議そうに真意を訊ねる。すでに、奴らからの事情徴収は終えており、3日後には秘密裏に処刑されることが決まっている。そんな連中になぜ会いたいのかと言って。
「決まってるでしょ!魔王はわたしのどこを気に入って、自分にプロポーズをしたのか。それを是非聞きたいのよ!」
アリアは力強く言い放った。しかし、まだそんなことを言っているのかと呆れるレオナルドに、何と言えばいいのか固まっているハラボーとユーグ。スベったことを悟り、アリアは顔を赤くして小さく言った。「冗談よ」と。
「真面目な話をするとね、わたしを花嫁にして、魔王は何をしたかったのかなと思ってね。もし、新教の言うような『和平』というものを望んでいるのなら、話し合うことってできないかなと……」
「馬鹿な!魔族は敵ですぞ!そんな連中と何を話し合うと……!」
「敵っていうけど、何で敵対してるの?お互いに多くの血を流してまで、何を互いに求めてるの?」
「そ、それは……」
アリアの言葉に、ハラボーは返答に窮して隣のユーグを見た。すると、ユーグは答えた。
「魔族は、古来より邪悪な者として伝えられています。強欲にも、我々人族が育てた農作物や家畜を奪い、時には国ごと滅ぼして土地と民を奪うことも……」
それは、ムーラン帝国において、現在進行形で行われていること。そのことは、アリアも理解した。
「でも、それって人族同士でもやってるわよね?このハルシオンだって、確か半世紀ほど前には隣にあったガルシア公国に同じことをしたはず……」
それは、アリアの曾祖父の時代の事。国境の山で発見された金鉱山の所有権をめぐって争いが起こり、最終的に公国はハルシオンに併合されたときのことをアリアは指摘した。酷い虐殺や略奪行為もあったと聞いている。
「ま、まあ……確かに、魔族に限った話ではありませんね」
「でしょ!」
アリアは、嬉しそうに言った。そして……
「だから、魔族に会って直接訊きたいのよ。魔王が何を考えているのかってね。和平か戦争か、いずれそのどちらかを選ぶことになった時に、正しく決断するために」
これは、未来の国王として必要不可欠なことであるとして、アリアははっきりと二人に命じた。ハラボーユーグも、異を唱えることは不思議と出来なかった。
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