第271話 シスターは、結局巻き込まれる

「あの……心の底から反省してるっス。なので、そろそろ許してもらえないっスか?」


 ここは大聖堂の裏手にある大きなクスノキ。アリアが結婚式を祝ってくれている数少ない人として数えていたイザベラであったが……実際には式には出席せずに、こうして夫を折檻していた。彼女が目を離したすきに、貴族の令嬢をナンパしようとした罪で……。


「あれほど言ったでしょ!ここでは、セクハラ=死刑だってことを!なのに、アンタはぁ!!」


「ひぃっ!ご、ごめんなさいっス!!」


 吊るしているボンが謝罪の言葉を告げているにもかかわらず、イザベラは鞭で打ち付けた。すでに式は始まっており、北部同盟を代表する特使としての立場を思えば、こんなことをしている場合ではないのだが、頭に血が上ったイザベラは決して手を緩めようとはしない。


「大体、なんでわたしがいるのに、別の女に手を出そうとするのよ!」


「だって……見たことがない位の美人揃いなんスよ!声を掛けなければ、失礼じゃないかって……」


「わたしは美人じゃないとでもいうのかぁ!!」


 鬼の形相で尚も鞭を振るって痛めつけるイザベラ。その姿は、ボンの言うとおり美人には程遠いが、幸か不幸かそれを指摘する者はこの場にはいない……はずだった。


「おい!そこで何をやっている!?」


 不意に背後から聞こえた声に、イザベラは振り向いた。すると、そこには神官たちが数名立っていた。いずれも、不振の目を彼女に向けていた。


「大したことではありませんわ。浮気しようとした愚か者を懲らしめているだけですから」


 イザベラはとても素敵な笑顔でそう答えて、その上で「邪魔をしないでください」と告げた。神官たちは恐怖を感じつつ、どうするべきなのか悩み、互いを見合った。


「し、しかし……大聖堂では、ハルシオンの王太子殿下の結婚式が執り行われていますし……騒ぎになれば、まずい話になるのでは?」


 若い神官が勇気を出して忠告した。相手が誰だかはしらないが、王太子は苛烈だと聞く。許されないのではないかと心配して。


「それもそうね……」


 アリアが自分を罰するとは思っていないが、今の一言でイザベラは冷静さを取り戻した。


「ありがとう。確かに、あなたの言うとおりだわ」


 自分の非を認めて、イザベラは振り返りざまボンを吊るしていた縄を切り、神官たちと再び向き合った。


「痛て!」


 背後からドスンという音と悲鳴が聞こえてきたが、イザベラは放置した。何しろ、神官たちはイケメンだった。


「……にしても、皆さんはどうしてここにいるのですか?」


 大聖堂で執り行われている結婚式では、教皇が司祭を勤めているため、初めはその従者かと思ったイザベラであったが、よく見ると彼らの後ろにも少なくない神官たちの姿が見えて、様子がおかしいことに気づく。


 すると、先程の神官が代表して答えた。


「実は……先程までこの大聖堂の地下で、新勇者選定の儀式が行われていまして……」


 それでこんなにも多くの神官がこの場にいるのだと、彼は説明した。


「新勇者選定の儀式?」


 イザベラは不意にその言葉に違和感を感じた。何か、忘れているような感覚を。


「どうかされましたか?」


「……なんでもないわ」


 しかし、ユーグが駆けた忘却魔法は強力で、その『新勇者選定の儀式』がすでに終わっていることを思い出すことはできなかった。


 ……ゆえに、ただの好奇心で訊ねてしまった。その新勇者は誰なのかということを。


「え?新勇者ですか。エデン王国在住のカミラ・アッシュベリー殿の御子息で、ランスという赤子ですよ」


 神官はどうせそのうち分かるだろうと思って、躊躇うことなくイザベラに告げた。だが、彼女の顔は驚愕の色に染まった。


「どうかされましたか?」


 不審に思った神官が再び大丈夫かと思って確認しようとするが、イザベラはうわの空で考え事をする。どこかで聞いた名ではないかと思って。


「あれ?そのカミラって人、レオナルドさんの愛人じゃ……」


「えっ!?」


 どういう手段を使ったのかはわからないが、手首をしっかり固定していたはずの縄をいつの間にか解いたボンが何食わぬ顔でそう言った。さらに……


「それにしても、おかしいっスね。新勇者って、アリアさんの……もごもごもご!」


 どういうわけか、真相を正しく知っているボンの言葉に、イザベラは全てを思い出して慌ててその口を塞いだ。


(やばい!思い出してしまった……)


 巻き込まれたくなかったのに、結局巻き込まれることになったイザベラは、これからどうしようと思いながら青ざめるのだった。

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